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地域を見守る清麗な毘沙門天様をまつる古刹

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いわやじ

岩屋寺

兵庫県姫路市

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兵庫県姫路市に毘沙門天の霊地があります。インドから飛来したという法道仙人により645年に開創されたという岩屋寺は、麓の岩屋地区の人々の祈願寺として地域とともに歴史を紡いでいます。ご本尊・毘沙門天様を中心に、播州薬師霊場の札所本尊である薬師如来様、農耕の神様として親しまれている神農様など様々な仏様がおまつりされています。
  • 薬師堂

巡りポイント

岩屋寺のご本尊・毘沙門天立像は平安時代に造立されたお像で、国の重要文化財に指定されています。また、境内には播州薬師霊場の札所本尊として信仰を集める薬師如来さま、天台宗のお寺では珍しい弘法大師様、四国八十八カ所霊場の石仏など多様な信仰が育まれています。

本堂の老朽化・本堂周辺の環境変化により、本堂周辺への立ち入りはご遠慮いただいております。 ご理解・ご協力をお願い致します。

ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)

  • ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)
  • ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)
  • ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)
  • ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)
  • ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)
  • ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)
  • ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)
  • ご本尊・木造毘沙門天立像(国指定重要文化財)
    御祈禱札
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美しさと力強さを感じさせる、すらりとした立ち姿

岩屋寺のご本尊・毘沙門天様は、平安時代後期頃に造立された仏様。像高97.6 cm、ヒノキの一木造で、右手には戟(げき)、左手には宝塔を持ち、左斜め前を見つめている。お顔や身にまとう鎧には彩色が残り、これらの彩色は造立当時に施されたものであると考えられている。近年まで、1年に一度御開帳される秘仏であった。近年、本堂の老朽化に伴い、最新の防犯・防火設備が整えられた庫裏へと移されおまつりされている。ご本尊・毘沙門天立像のお姿を写した御祈祷札をいただくために参拝する人も多いという。

感想■お厨子の扉が開かれた瞬間、ご本尊様のあまりの美しさと迫力に息をのみました。「溜息がでるほど美しい」とはまさにこのことであると感じました。 ご本尊様の近くまで寄らせていただくと、お像に施された精緻な彩色が確認でき、彩色を施した当時の職人の熱量に圧倒されました。 岩屋地区の皆さんとお話ししていると、ご本尊様をとても大切にされていることが感じられ、地域と共に歩んできた歴史に感動しました。

木造不動明王立像・木造法道仙人立像

  • 木造不動明王立像・木造法道仙人立像
    不動明王立像
  • 木造不動明王立像・木造法道仙人立像
    不動明王立像
  • 木造不動明王立像・木造法道仙人立像
    法道仙人立像
  • 木造不動明王立像・木造法道仙人立像
    法道仙人立像
  • 木造不動明王立像・木造法道仙人立像
    法道仙人立像
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本堂の両脇を固める凛々しいお不動様と迫力ある法道仙人

ご本尊様の両脇には不動明王立像と法道仙人立像が立つ。造立年代など詳細は不明であるが、本堂では、ご本尊様とともに大きな厨子の内部におまつりされていた。現在はご本尊様とともに本堂から移されている。

感想■不動明王様の凛々しい表情に惹かれました。衣の表現など、とても木で造立していると思えないほど技巧に富んだ繊細な表現が施されており、いつまでもお姿を見ていたいと思えるお不動様でした。法道仙人立像は、目を大きく開けた独特な雰囲気を纏うお像で、インドから飛来し兵庫県を中心にお寺を創建して様々な伝説に彩られる法道仙人を象徴するお像だと感じました。

薬師堂

  • 薬師堂
  • 薬師堂
    薬師如来坐像
  • 薬師堂
    神農像
  • 薬師堂
    神農像
  • 薬師堂
    神農像
  • 薬師堂
    神農像
  • 薬師堂
    神農像
  • 薬師堂
    弘法大師坐像
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播州薬師霊場札所にまつられる様々な仏様

薬師堂は播州薬師霊場の第21番札所として信仰を集めている。中央には札所本尊である薬師如来坐像をおまつりしている。薬師如来坐像は近年修復が施されたそう。 向かって左側には、神農様をおまつりしている。神農様とは、古代中国の伝承に登場する神様で、農耕や医療の神様として信仰を集めている。岩屋寺でおまつりされている理由は不明であるが、おそらく農耕の神様として信仰を集めていたのではないかと伝えられている。 向かって右側には、五鈷杵を手に持つ弘法大師坐像がおまつりされている。岩屋寺のある岩屋地区は弘法大師信仰が盛んな地域で、4月と9月に焚く薬師護摩は「大師講(弘法大師講)」とも呼ばれ、岩屋地区の皆様がお供え物を捧げて祈願をする法要が行われる。

感想■天台宗のお寺に弘法大師がおまつりされていることに驚きました。神農さまやお薬師さまなど、様々な仏様や神様が一つの空間におまつりされている光景を見ると、特定の信仰を排除することなく受容し育むという岩屋寺の信仰の歴史を感じさせ、その包容力こそが地域とともに歩む上で重要なのだと感じました。

四国八十八カ所霊場の写し霊場

  • 四国八十八カ所霊場の写し霊場
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本堂まで続く参道沿いに並ぶ石仏たち

本堂まで続く参道沿いには、江戸時代に造立されたという四国八十八カ所の写し霊場が設けられている。石で造立された厨子の内部には、四国八十八カ所の各札所のご本尊様の姿を写した石仏と弘法大師坐像がおまつりされている。

感想■1つ1つの厨子の内部には、親しみやすい弘法大師様と仏様がおまつりされていて、次の札所へと自然と歩みが進み、楽しみながらお参りをすることができました。1体1体それぞれに前掛けが奉納されていて、地域の方々から大切にされていることが伝わってきました。

鐘撞堂・地蔵堂・観音堂

  • 鐘撞堂・地蔵堂・観音堂
    鐘撞堂
  • 鐘撞堂・地蔵堂・観音堂
    鐘撞堂
  • 鐘撞堂・地蔵堂・観音堂
    地蔵堂
  • 鐘撞堂・地蔵堂・観音堂
    観音堂
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地域の皆さんの祈りとともに

鐘撞堂(かねつきどう)に吊るされている梵鐘は、前住職と岩屋地区の皆さんの尽力によって造立された梵鐘で、梵鐘表面にはご本尊様を表す「南無毘沙門天王」と記されている。毎年大晦日には、地域の皆さんが除夜の鐘として叩くという。 また、本堂へ続く参道沿いには、146体の地蔵菩薩をまつる地蔵堂や観音菩薩をまつる観音堂が建つ。

感想■除夜の鐘を叩く子供たちのお話しが微笑ましかったです。岩屋寺に建つ1つ1つのお堂には、地域の皆さんの想いが込められていることが感じられ、お参りすると温かい気持ちになりました。

本堂(崩落・老朽化のため、立ち入りを制限しております)

  • 本堂(崩落・老朽化のため、立ち入りを制限しております)
    本堂 立ち入りが制限されています
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    本堂 立ち入りが制限されています
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    本堂 立ち入りが制限されています
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    古墳の蓋石を再利用した手洗石
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松平直矩公の想いがこもる建物

有乳山中腹に建つ本堂は、姫路藩主・松平直矩公により改修が施された建物であると伝わっている。 直矩公にご子息が誕生した際、奥方の母乳が出ずに困っていたところ、夢に「丑寅の方向にまつられている毘沙門天」が出現した。夢から覚めると母乳が出るようになっており、その毘沙門天を捜索すると岩屋寺のご本尊さまであったという。直矩公は御礼として本堂を改築し、「有乳山」という山号を与え、境内を整備したと伝えられている。 江戸時代の瓦や彫刻を多く伝えている本堂だが、老朽化や雨漏りの被害を被り、現在修復を目指している。 本堂前に建つ手洗石は、家形石棺の蓋石を再利用したものだという。

感想■参道を登り切った先に建つ本堂の威風堂々とした佇まいに圧倒されました。豊かな自然の中に建つ重厚な建築は、ご本尊様の力強さを表しているかのようにも感じました。 現在、この歴史ある建物の修復を目指されているとお聞きし、未来へ伝えられるように自分にできることはないかと考えています。

巌屋(崩落・老朽化のため、立ち入りを制限しております)

  • 巌屋(崩落・老朽化のため、立ち入りを制限しております)
    巌屋 立ち入りが制限されています
  • 巌屋(崩落・老朽化のため、立ち入りを制限しております)
    巌屋 立ち入りが制限されています
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    巌屋 立ち入りが制限されています
  • 巌屋(崩落・老朽化のため、立ち入りを制限しております)
    石造役行者像
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    岩雫ノ池
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岩屋寺発祥の地に残る大岩

本堂前の階段を昇ると岩屋寺という寺号の由来となった巌屋(いわや)がそびえ立つ。岩屋寺を創建した法道仙人は、この巌屋で孝徳天皇の病気平癒を行い、その功績により寺院として整備されたという。巌屋を構成する大岩は奥行きが60間もあると伝えられている。内部には、石造毘沙門天像を中心に、不動明王像と役行者像をおまつりしている。巌屋の下には、サンショウウオが生息する清水をたたえた岩雫ノ池がある。

感想■巌屋の巨大さに圧倒されました。巌屋の内部におまつりされる威厳ある石仏の姿は、山岳信仰の霊地として栄えた歴史を表しているかのようでした。

report

学生レポート

立命館大学 博士課程

今回の訪問では、ご本尊・毘沙門天立像の立ち姿の美しさと、岩屋集落を守り続けてきた岩屋寺の歴史が印象深く心に残っております。
近くでお参りさせていただいた毘沙門天さまは、少し左に腰をひねり、すらっとした立ち姿で、美しさを感じる仏さまでした。また、穏やかさや静けさを感じさせるだけでなく、北方を守る仏さまとしての凄みや迫力が内に秘められているようにも感じられました。当時のものであろう彩色も多く残り、ご本尊さまが造立されてから約900年、人々からいかに大切な存在としておまつりされてきたのかが伝わってきました。また、岩屋集落の皆様とのお話しからは、皆様が岩屋寺を大切にされていること、岩屋寺が皆様の心の拠り所となっていることが伝わってきました。皆様の想いや願いがご本尊さまに向けられ、ご本尊さまは岩屋集落を見守る、この双方向の関係が絶えることなく1000年以上伝えられていることに感銘を受けました。

history

ご由緒

645年に法道仙人によって開創され、白雉元年(650)には時の天皇・孝徳天皇によって伽藍が整備されたと伝えられている古刹。他にも西国巡礼を創始した徳道上人や行基菩薩が創建に関わっているとも古記録に残されている。中世には6院18坊から構成される大寺院であったが、天正5年(1577)に別所吉親により焼討ちされ、岩屋寺だけでなく麓の岩屋村も焼失してしまう。慶長6年(1601)、姫路城主・池田輝政公の家臣・坂太夫宗徳の願いにより、焼討ちを逃れたご本尊・毘沙門天立像をまつる一宇のお堂が再建。寛永2年(1625)には、岩屋村に在住していた行者・真恵が復興した。 現在の山号「有乳山」には逸話が残る。延宝4年(1676)、姫路城主・松平直矩(まつだいらなおのり、1667-1682)公の奥方が母乳が満足に出ず困っていた際、夢に「丑寅の方向にまつられている毘沙門天」が出現した。夢から覚めると母乳が出るようになっており、その毘沙門天を捜索すると岩屋寺のご本尊さまであったという。直矩公は御礼として本堂を改築し、「有乳山」という山号を与え、境内を整備した。

info

参拝情報

名称
有乳山 岩屋寺
(うにゅうざん いわやじ)
所在地
兵庫県姫路市豊富町神谷3031
googleMAP
参拝時間
ご本尊様への参拝は事前のご連絡をお願いします。
宗派
天台宗
御本尊
毘沙門天
宝物殿
-
アクセス
■公共交通機関
JR播但線仁豊野駅下車、タクシーで約10分
神姫バス JR姫路駅より細野大仰経由北条行に乗車、「岩屋」バス停下車、徒歩5分
駐車場
あり

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