history
ご由緒
645年に法道仙人によって開創され、白雉元年(650)には時の天皇・孝徳天皇によって伽藍が整備されたと伝えられている古刹。他にも西国巡礼を創始した徳道上人や行基菩薩が創建に関わっているとも古記録に残されている。中世には6院18坊から構成される大寺院であったが、天正5年(1577)に別所吉親により焼討ちされ、岩屋寺だけでなく麓の岩屋村も焼失してしまう。慶長6年(1601)、姫路城主・池田輝政公の家臣・坂太夫宗徳の願いにより、焼討ちを逃れたご本尊・毘沙門天立像をまつる一宇のお堂が再建。寛永2年(1625)には、岩屋村に在住していた行者・真恵が復興した。 現在の山号「有乳山」には逸話が残る。延宝4年(1676)、姫路城主・松平直矩(まつだいらなおのり、1667-1682)公の奥方が母乳が満足に出ず困っていた際、夢に「丑寅の方向にまつられている毘沙門天」が出現した。夢から覚めると母乳が出るようになっており、その毘沙門天を捜索すると岩屋寺のご本尊さまであったという。直矩公は御礼として本堂を改築し、「有乳山」という山号を与え、境内を整備した。
