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大寺院であった往時の姿を伝える

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こんごうじょうじ

金剛定寺

滋賀県蒲生郡日野町

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滋賀県日野町に位置する金剛定寺は、多数の堂塔伽藍を誇る大寺院であったと伝えられている古刹です。時代の流れと共に失われてしまったお寺の記憶もありますが、お寺のご本尊にふさわしい仏さまが多数守り伝えられています。その仏さまたちのお姿は、私たちに金剛定寺の往時の隆盛を感じさせるとともに、金剛定寺が古くから栄え信仰されてきた絶えることのない祈りの繋がりを伺うことができます。

巡りポイント

凛々しいお姿の御本尊・十一面観音様や穏やかな微笑みをうかべる聖観音様、勇ましく迫力のある不動明王様など魅力的な仏様がおまつりされている金剛定寺。平安時代から江戸時代まで様々な時代に造立された金剛定寺の仏様は、金剛定寺が様々な時代を通じて地域を見守る信仰の中心として大切に守り伝えられてきたことを伝えています。様々な仏様と向き合う信仰の空間が境内に広がっています。

本堂(大悲閣)

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屋根のリズムが美しい観音様の霊地

金剛定寺の本堂は、江戸時代に建立された建物であると伝えられている。本堂中央におまつりされている金剛定寺の御本尊様は十一面観音様であることから、「大悲閣(だいひかく)」とも呼ばれている。

 

建物の前面部分の屋根がふんわりと膨らみなだらかな曲線をえがき住宅建築に多い「むくり屋根」である一方で、後方部分の屋根は「反り」をつけた迫力ある屋根であるという点が特徴。また、天台宗の寺院の建物としては珍しく、禅宗寺院の建築で多く用いられている建築技法で建てられており、禅宗と深い関りのある士族により寄進・建立された建物であると伝えられている。

 

堂内天井には、護摩の煤により見にくいが、迫力ある龍の姿が描かれている。

感想■1棟の建物の中に複数の屋根の様式が組み合わされていることが興味深かったです。前面部分は穏やかさを感じられる「むくり屋根」。後方部分は威厳や迫力を感じられる「反り」のついた屋根。一見対極にあるような屋根の様式が組み合わることで生まれた独特なリズムに見惚れました。

御本尊・木造十一面観音菩薩坐像

  • 御本尊・木造十一面観音菩薩坐像
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木の地肌と紅を差した唇が美しい観音さま

本堂の中央の厨子の内部には、金剛定寺の御本尊である十一面観音菩薩様がおまつりされている。

 

木の部材を組み合わせた寄木造の仏様で、お身体のほとんどを木の木目を生かした素地で仕上げるとともに、唇に朱を差す。頭上には、周囲を見渡すように八面(一面のみ失われている)のお顔と頂上に如来一面を表している。右腕を下ろし手のひらを上へ向け、水瓶を左手で持つ。御本尊様が坐る台座を獅子が支えている。

 

金剛定寺に伝えられている古文書によると、文亀3年(1503)の戦火により以前の御本尊が焼失してしまったため、永正6年(1509)から造立が始まり翌年に開眼供養がなされたという。また、角材を規格的に組み合わせている構造様式からも、室町時代の後期頃に造立された仏様であると考えられている。

 

坐像の十一面観音様は全国的にも珍しく、中世における当地の信仰の特徴を伝えている仏様である。

感想■本堂の暗闇の中で蝋燭の灯りのみに照らされている御本尊様の美しさに息をのみました。暗闇の中で御本尊様と相対していると、蝋燭の灯の橙色が御本尊様のお身体に写り、その色と周囲の陰翳との色の調和により、御本尊様の清らかさがより一層引き立てられているように思いました。室町時代に御本尊様を造立した仏師の方が、木肌を活かしたお姿として造立した理由の一端に触れることができたように感じました。

木造聖観音菩薩立像(国指定重要文化財)

  • 木造聖観音菩薩立像(国指定重要文化財)
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穏やかな微笑みをうかべる平安時代の観音さま

本堂の脇壇におまつりされている聖観音菩薩様は、平安時代に造立された仏様。

 

檜の一木造で内刳りはなく、足元の衣には膨らみのあるひだと鋭いひだを交互に配する文様である翻波式(ほんぱしき)衣文が施されている。このような衣の表現様式や密教的なお顔の表現様式から9世紀頃に造立された仏様であると考えられている。

 

近隣の地域に伝えられている観音様のお姿と作風が異なるとされており、奈良などで造立された仏様が移されてきた、もしくは奈良などの仏師が当地で造立した仏様のではないかと推測されている。

感想■微笑んでいるような口元や切れ長の目、しなやかにすらりとした立ち姿が印象的で、しばらく目の前から離れる事ができなくなるほど美しいお姿に見惚れました。聖観音様を拝む角度によりお顔が変化したことに驚きました。

木造不動明王立像及び矜羯羅童子・制多迦童子立像(国指定重要文化財)

  • 木造不動明王立像及び矜羯羅童子・制多迦童子立像(国指定重要文化財)
  • 木造不動明王立像及び矜羯羅童子・制多迦童子立像(国指定重要文化財)
    不動明王立像
  • 木造不動明王立像及び矜羯羅童子・制多迦童子立像(国指定重要文化財)
    矜羯羅童子立像
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    矜羯羅童子立像
  • 木造不動明王立像及び矜羯羅童子・制多迦童子立像(国指定重要文化財)
    制多迦童子立像
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    制多迦童子立像
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風格あるお不動さまと愛らしい二童子

本堂の脇壇におまつりされている不動明王様は、一木造、平安時代の11世紀頃に造立されたと考えられている仏様。左右には脇侍である矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)が配されている。また、不動明王様の背後の光背も平安時代に造立された当時のものであると考えられている。

 

向かって右におられる矜羯羅童子は慈悲の姿を表すとされ、手を合わせた姿が多いのに対して金剛定寺の像は何かを持っていたような姿をしている点が特徴。向かって左におられる制多迦童子は憤怒の姿を表すとされ、左手を頭の上に掲げ遠くから悪いものが来ないか睨みを利かせた姿をしている。

 

不動明王様を中心に矜羯羅童子と制多迦童子、光背まで造立当初のものが伝えられている類例は全国的にも珍しく、展覧会などにも出張されている。

感想■口を強く結び牙を出す忿怒のお顔の不動明王様と大きく体を動かして戯けたようなポーズをとる矜羯羅童子と制多迦童子の雰囲気の違いが印象的でした。特に二童子は手に何かをお持ちだったようですが、今はお持ちではいないので、そのお姿から愛くるしさと躍動感を大いに感じました。

金剛定寺の魅力的な仏様

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    大日如来坐像
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    慈恵大師良源坐像
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    僧形坐像
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    僧形坐像
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金剛定寺の悠久の歴史の中で育まれてきた多様な信仰を伝える

金剛定寺には様々な仏様がおまつりされている。

 

室町時代の大永5年(1525)、仏工・藤越長清法眼により手掛けられたと伝えられている大日如来坐像や眉が特徴的な慈恵大師坐像、慈恵大師が姿を変えられたお姿である鬼大師像、穏やかな眼差しを向ける阿弥陀如来坐像、威厳を感じさせる役行者像と僧形像などがおまつりされている。

感想■金剛定寺におまつりされているお像の中で、僧形坐像のお姿が強烈に印象に残っています。目を細めた穏やかな表情の一方で、あばら骨が浮き出たお身体から仏様とは異なる威厳と迫力を感じました。かつて広大な境内でたくさんの修行僧が集ったという金剛定寺の高僧のお姿なのかなと想像の翼を広げながらお参りしました。

太子堂

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信者の方々の祈りが満ちる

太子堂は本堂へ続く参道脇に建つお堂。堂内中央には、聖徳太子と純白の孔雀明王様をおまつりする。孔雀は蛇を食べることから、悪しき存在を食べる存在として孔雀明王として信仰されている。また周囲には、金剛定寺の信者の方々より寄進された仏様や神様が大切にまつられている。

感想■太子堂の堂内には金剛定寺の信者の方々より寄進された仏様や神様、信者の方々が大切に使ってこられた法具がおさめられていました。人から人へと受け継がれ、その最終地として金剛定寺で大切にまつられている様子から、仏様や神様、ものを大切にされてきた先人たちの息づかいを感じました。

石塔

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    石塔
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    境内に建つ五輪塔
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悠久の歴史を紡ぐ金剛定寺の遺風を伝える

太子堂の近くに建つ三重の屋根を持つ石塔。鎌倉時代に建立された石塔であると考えられている。石塔の基礎や軸部にはそれぞれの面に仏の姿や仏を表す梵字が刻まれている。

 

金剛定寺の境内や周囲には中世から近世にかけて造立されたと考えられる石塔や石仏が多く発見されているという。

感想■雨風に耐え真っ直ぐに建つ石塔の凛とした立ち姿が印象的でした。天災や戦乱などにより歴史的に分からないことが多いと伺いましたが、この石塔の姿を見ていると、言葉では伝えられていない金剛定寺の歴史を形として私たちに伝えているように感じ、惹かれました。

report

学生レポート

奈良大学修士課程

本堂の中に入らせていただくと本尊級の仏像が多数安置されており、本堂に入った瞬間から驚かされました。また安置されているお像が平安時代前期である聖観音立像や大きな不動明王及び二童子像、室町時代に造られた坐像の十一面観音像等であり、古くからこのお寺が建立されていたこと、規模の大きい寺院であったこと、長い間信仰されてきたこと、それらの仏像が大切に守られてきたことを明確に表しているように感じました。

これだけの仏像はただ偶発的に造られ残ったものではなく、この場所に大寺院であった金剛定寺があり、それが絶えず信仰され守り続けてきたから残っているものであり、それだけ地域の方々、金剛定寺の歴代住職の方々が篤い気持ちで残してこられたのだと思います。

history

ご由緒

戦乱や天災により史料が失われてしまっているため詳細は不明であるが、聖徳太子により創建されたと伝えられている。平安時代以降に造立された本尊級の仏様が複数体おまつりされており、中世までに大いに隆盛していたという金剛定寺の歴史を伝えている。現在の本堂は江戸時代に建立された建物。本堂の中心には、室町時代に造立されたと考えられている御本尊・十一面観音菩薩坐像がおまつりされている。

info

参拝情報

名称
龍護西中山 金剛定寺
(りゅうごさいちゅうさん こんごうじょうじ)
所在地
滋賀県蒲生郡日野町中山1940
googleMAP
参拝時間
堂内参拝は事前にご連絡をお願い致します。
拝観料
仏像参拝料:300円(お一人あたり)
(事前予約必須)
宗派
天台宗
御本尊
十一面観音
宝物殿
-
アクセス
■公共交通機関
近江鉄道日野駅から町営バスで15分 中山下車 徒で2分
注:日・祝・年末年始運休

■車
名神高速八日市ICから約25分。名神竜王ICから約20分。
新名神高速甲賀土山ICから約25分。
駐車場
あり

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