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33年に一度、人々の前に姿を現す観音様

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じょうふくじ

浄福寺

滋賀県甲賀市

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忍者の里として有名な滋賀県甲賀市。この甲賀市一帯には、伝教大師最澄が根本中堂を建てる際に良い材木を得るために訪れたという逸話が様々な寺院に伝えられています。甲南駅近くに伽藍を構える浄福寺にも伝教大師最澄との関係性を示す逸話が伝えられています。伝教大師によって始まった浄福寺は、1200年間、地域の人々を見守り続ける地域の祈願寺として信仰を集め、歴史を紡いでいます。本堂には、鎌倉時代に造立された全国的に珍しい座ったお姿の十一面千手観音菩薩坐像はご本尊としておまつりされています。ご本尊は33年に一度の御開帳か17年に一度の中開帳の際のみ人々の前に姿を現します。
  • 秘仏御本尊・木造十一面千手観音坐像(33年に一度の本開帳、17年に一度の中開帳のみの御開帳)

巡りポイント

秘仏ご本尊・十一面千手観音菩薩坐像は、全国的にみても珍しいお姿であるといいます。『木造十一面千手観音坐像』という名称で国の文化財に指定されている仏さまは、この浄福寺ともう1カ所しかないそうです。また、ご本尊さま以外にも浄福寺の本堂には魅力的な仏さまが様々なおまつりされています。

秘仏御本尊・木造十一面千手観音菩薩坐像(国指定重要文化財)

  • 秘仏御本尊・木造十一面千手観音菩薩坐像(国指定重要文化財)
  • 秘仏御本尊・木造十一面千手観音菩薩坐像(国指定重要文化財)
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全国的にも珍しい座ったお姿の十一面千手観音様

浄福寺の秘仏御本尊である十一面千手観音坐像は33年に一度の本開帳、17年に一度の中開帳のみに御開帳される秘仏である。伝教大師最澄が根本中堂を建立するための材木を探している際、金色に光るこの山をみつけ、この山の木を用いて浄福寺の御本尊が造られたとする伝承が残る。 寄木造、漆箔仕上げで造られた像の脚部はゆったりとして柔らかい表現がされている点が平安時代の作風に通じるが、丁寧に彫り出された毛筋や凛々しい面部で表されていることなど鎌倉時代の特徴もみられることから、鎌倉時代初期の作であると考えられている。

感想■重要文化財に指定されていて坐像の十一面千手観音様は滋賀県内に数体のみあり、そのうちの1体が浄福寺に伝わっているとお聞きしました。坐像のお姿は初めて拝見し、堂々とされている印象を受けました。十一面千手観音坐像が合掌されている手からお堂前にまで繋がっている組紐があり、組紐を握ることで、近くで見守ってくださっているように感じられると考えると非常に感慨深かったです。また、普段は拝見できないからこその感動、感謝が生まれるように感じました。

本堂

  • 本堂
    木造毘沙門天立像
  • 本堂
    木造不動明王立像
  • 本堂
    木造薬師如来坐像
  • 本堂
    左:木造普賢菩薩立像、右:木造十一面観音立像
  • 本堂
    木造十一面観音立像
  • 本堂
    木造普賢菩薩立像
  • 本堂
    懸仏:木造十一面観音坐像
  • 本堂
    懸仏:木造薬師如来坐像
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密教建築に地域を見守る様々な仏様がまつられる

外陣と内陣が明確に分かれる浄福寺本堂。本堂の内陣には、浄福寺が伽藍を構える深川(ふかわ)地区を見守る様々な仏様がまつられている。

 

御本尊様がまつられている厨子の左右には、毘沙門天立像と不動明王立像が、正面に向かって左側には薬師如来様や青面金剛様、白衣観音様、歴代ご住職の御位牌が、向かって右側には普賢菩薩様や十一面観音様がまつられている。

 

普賢菩薩様と十一面観音様の後ろには大きな光背が残り、かつてこの光背を用いる聖観音様が安置されていたという。

 

外陣の欄間には、十一面観音様の懸仏と薬師如来様の懸仏がおまつりされている。

感想■内陣へ入ると、多様な仏様がおまつりされていました。仏様ごとに個性があり、数百年以上深川地区の皆様を見守り続けている優しい眼差しに感動しました。また、かつて聖観音様に用いられていたという大きな光背が残されており、どのような聖観音様がまつられていたのか、興味を抱きました。

浄福寺の境内に建つ諸堂

  • 浄福寺の境内に建つ諸堂
    大師堂
  • 浄福寺の境内に建つ諸堂
    左:歳徳神(としとくしん)の宮、中:山王権現の宮、右:富士権現の宮
  • 浄福寺の境内に建つ諸堂
    梵鐘
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地域を見守るお大師さんと神様たち

浄福寺の境内には、第18代天台座主を務めた慈恵大師良源をまつる大師堂や境内を守護する富士権現の宮、山王権現の宮、歳徳神(としとくしん)の宮、鐘楼が建てられている。

感想■それぞれの建物にまつられている仏様や神様をお参りすると、地域の皆さんによって日々大切にされていることが伝わってきました。地域とともに育まれた多様な信仰や文化、価値観を、境内の様々なお堂が表しているように感じました。

天保義民碑

  • 天保義民碑
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村を守るために立ち上がった義民・田中安右衛門を顕彰する

天保13年(1842)、幕府により実行された理不尽な検地に対し、この地域の農民たちが立ち上がった結果、検地の10万日の日延(事実上検地を実施しない)を勝ち取った。

 

しかしながら、当時の社会では農民が幕府に反抗されることは認められておらず、農民を代表して田中安右衛門が捕縛され江戸送りとなった。田中安右衛門は罪人が乗せられる竹籠である唐丸駕籠(とうまるかご)に乗せられて江戸へ向かっていたが、途中の桑名で力尽き命を落としたという。

 

浄福寺の境内には、自らの命をかけ、農民たちを守った田中安右衛門を顕彰する石碑が建てられている。

感想■地域のために立ち上がったという田中安右衛門の心意気に圧倒されました。もし自分がその立場にあったら、同じことが出来るか。地域の人々のために戦った田中安右衛門のことを想い、静かに手を合わせました。

観音講

  • 観音講
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浄福寺をお守りする深川地区の皆さん

浄福寺は、浄福寺が伽藍を構えている深川地区の皆さんが主体となって守られている。

 

深川地区の皆さんの中で浄福寺をお守りする観音講という組織が結成され、ご住職とともに浄福寺の維持・運営などに関わっている。観音講は入講してから10年間在籍することができるという。

 

2025年に執り行われた本開帳では、現役の観音講員の皆さんとOBの方々がご住職とともに実行委員会を立ち上げ準備を重ねて実施した。

感想■ご住職にお聞きすると、33年に一度の本開帳に向けて観音講の皆さんと準備を重ねてきたそうです。予想を上回るたくさんの方々がお参りに訪れる中、地域の皆さんにあたたかく迎えていただきました。浄福寺に対する観音講の皆さんの想いを感じる御開帳でした。

report

学生レポート

立命館大学 博士課程

今回の訪問では、御開帳されたご本尊さまの優しくも迫力のあるお姿と浄福寺の運営に携わっているという『観音講』の方々の姿が印象深く残っております。

ご住職より御開帳されたご本尊は全国的にみても非常に珍しいお姿であることをお聞きし、11の顔を持ち座っているという珍しいお姿の千手観音さまがこの地におまつりされたのか非常に興味を抱きました。また、写真から想像していた大きさよりも一回り大きなお像で、そのお姿を最初にお参りしたときはお像の迫力に圧倒されました。しかし、内陣に入り近くでお参りすると丸みを帯びた体の表現や伏し目がちな眼差しが非常に優しく、そのご本尊さまから感じる印象は深川地区を1000年近く見守ってきたご本尊さまの歴史を参拝者に語り掛けているかのようでした。

また、今回の御開帳だけでなく浄福寺の年中行事を観音講の方々をはじめとする深川地区の皆様が支えているとお聞きしました。今回お会いした観音講の方々とお話しすると、浄福寺のことを非常に大切に想っていることが感じられ、生き生きと御開帳に携わる皆様の姿がとても輝いて見えました。観音講の皆様や深川地区の皆様が伝えてきてくださったからこそ、私たちがご本尊さまの御開帳にお参りすることができたのだと強く感じました。

history

ご由緒

「延暦年間(782~806)、比叡山に根本中堂を建てるための材木を得るために甲賀の杣谷を訪れた伝教大師によって開かれたと伝わる。伝教大師が杣谷から現在浄福寺が建つ山の方向を見ると、昼間には紫雲がたなびき、夜には山に金色の光明が輝いていたという。不思議に思った伝教大師はこの山を訪れ、光明の中より仏法を守る様々な神様と出会い、この地の清らかな水を含んだ材木を用いて千手観音を造立しまつったという。この逸話から山号が金光山となった。古来より、浄福寺のある深川地区の祈願寺として信仰を集め、現在も深川地区の住民の皆さんで構成されている「観音講」によって維持・運営がされている。

info

参拝情報

名称
金光山 浄福寺
(きんこうさん じょうふくじ)
所在地
滋賀県甲賀市甲南町深川1631
googleMAP
参拝時間
堂内参拝は事前にご連絡をお願い致します。
※御本尊様の御開帳は、33年に一度の本開帳、17年に一度の中開帳のみとなります。
拝観料
志納
御開帳の際は拝観料あり
宗派
天台宗
御本尊
十一面千手観音
宝物殿
なし
アクセス
■公共交通機関
JR草津線甲南駅下車後、徒歩6分
駐車場
なし

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