現在の本堂から約1時間ほど登山道を登ると、松尾寺の旧本堂跡にたどり着く。
旧本堂は、寛文年間(1661~1672)に彦根藩の援助により建立された建物で、桁行三間、梁間三間の入母屋造、正面に一間の向拝が付属、背面以外の三方に縁をまわす建物であったが、昭和56年の豪雪により倒壊してしまった。
平成3年度~10年度にかけて、本堂跡の発掘調査が実施され、基壇中央から銅椀や鉄皿、瀬戸・美濃の陶器皿など多数の埋納品が発見された。これらは、寛文年間の本堂建立の際に納められた地鎮具と考えられている。また、本堂の周辺からは、平安時代前期から近代までの遺物が発見され、1000年以上の松尾寺の祈りの歴史の一端が明らかになった。平成23年には、旧本堂跡地が滋賀県の史跡に指定されたことに加え、本堂まで続く参詣登山道の路傍に建つ31基の丁石が平成24年に米原市の文化財に指定された。
本堂跡の周囲には、松尾寺を後世していた子院の跡である坊跡が残されている。子院は、慶長7年(1602)には 19坊、安政4年(1857)には 25 坊存在したとされ、西側斜面と南側へ伸びる尾根上に現在も残る平坦地には、「明静院」・「勧善院」・「養運院」・「律院」・「正寿院」・「詮寿院」・「妙覚院」などの名前が伝えられ、土間や座敷の痕跡が発掘調査により発見されている。
本堂跡の近くに建つ石造九重塔は、高さが約5mの石塔で、基礎から先端部分の相輪部まで文永7年(1270)の建立当初の部材が残る貴重な石塔。方形の基礎部分の三面には、宝瓶に蓮の花が活けられている様子を彫り、残りの一面には、石塔が建立された日時「文永七庚午八月日」と建立者の名前が刻まれている。基礎の上の軸石と相輪上部の方形部分に四方仏が彫られている。
松尾寺には、古くから七不思議として様々な逸話が伝えられている。それぞれの逸話は以下の通り。
1つ目の逸話:空中より飛来した御本尊様。
2つ目の逸話:飛来した御本尊様が降り立った影向石。石の表面に御本尊様の足跡が残ると伝わる。
3つ目の逸話:役行者の斧割水(よきわりみず)。役行者が水を求めて弟子に岩を割らせたところ清水が湧き出したと伝わる。
4つ目の逸話:鐘を鋳造した場所とされる大きな凹地「鐘イリ場」。中央の亀石の周辺で不浄なことを行うと腹痛になると伝えられている。
5つ目の逸話:水のない堀切に架けられている石の一本橋。境内へ入るためには、必ずこの一本橋を渡らなければならなかったという。
6つ目の逸話:悪い事を行うと大岩の間に挟まれるという「ハサミ岩」。
7つ目の逸話:弘法大師が使用した箸が成長したとされる夫婦杉。
感想■今回の訪問では訪れることはできませんでしたが、山上にはかつての松尾寺の祈りの空間が広がっているとお聞きしました。近年、地域の方々や信徒の方々によって参道が整備されたと伺い、境内の様子が移り変わっても、皆さんが抱く熱い想いに心が動かされました。いつか、お参りしたいです。