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ご由緒
寺伝によれば、奈良時代の仁寿年間に三修が創建し、伊吹山中にあったとされる。 古文書によれば、鎌倉時代に同地に移転し、大原荘の地頭であった佐々木大原氏の庇護のもと寺が整備された。 戦国時代には、この寺の小僧をしていた石田三成が豊臣秀吉にお茶を出し、気に入られて取り立てられたとのエピソードが残されている。 現在の本堂、鐘楼、惣門は江戸時代中期の再建であり、重要文化財に指定されている。
日本最古の最澄像をおまつりする偉人達の出会いのお寺
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かんのんじ
滋賀県米原市
教科書によく掲載される日本最古の伝教大師像がおまつりされています。伝教大師像がおまつりされている本堂内には数々の龍が参拝者を待ち受けます。巨大な龍の彫刻には言葉が出ないほど驚くことでしょう。
坐像としては日本最古のものとされる伝教大師最澄像で、国の重要文化財に指定されている。鎌倉時代の1224年の作で、伊吹山四大寺の一つである長尾寺の僧によって造立されたとされる。一説には、頭部に禅鎮が彫られている痕跡があるため天台大師の坐像であるとも考えられている。
正徳5年(1715)に上棟されたとされる本堂。本堂の屋根を支える虹梁全体に巨大な龍が彫刻され、訪れる人々ににらみをきかせている。また、天井には龍の絵が描かれるなど、本堂内部にたくさんの龍が表現されている。
観音寺の参道の入口に建つ惣門は、18世紀中ごろに建てられたと考えられている門で、国の重要文化財に指定されている。一間一戸の薬医門であり、屋根には桟瓦がふかれている。
学生レポート

立命館大学生命科学部4年
ご由緒
寺伝によれば、奈良時代の仁寿年間に三修が創建し、伊吹山中にあったとされる。 古文書によれば、鎌倉時代に同地に移転し、大原荘の地頭であった佐々木大原氏の庇護のもと寺が整備された。 戦国時代には、この寺の小僧をしていた石田三成が豊臣秀吉にお茶を出し、気に入られて取り立てられたとのエピソードが残されている。 現在の本堂、鐘楼、惣門は江戸時代中期の再建であり、重要文化財に指定されている。
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