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天台の教えを学ぶために僧侶たちが集った名刹

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じょうぼだいいん

成菩提院

滋賀県米原市

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滋賀県北部、宿場町として栄えた柏原に伽藍を構える成菩提院は、伝教大師が創建したことに始まり、中世には僧侶たちが天台教学を学ぶ談義所として栄えた名刹です。戦国時代には、織田信長や豊臣秀吉、小早川秀秋、石田三成といった名だたる戦国武将から庇護を受けました。成菩提院には、彼等と成菩提院との密接な関係性を示す寺宝が今も数多く伝えられています。

巡りポイント

中世には僧侶たちが天台教学を学ぶ談義所として、戦国時代には戦国武将からの庇護を受ける名刹として知られる成菩提院。そのような歴史を持つ成菩提院には数々の寺宝が伝わります。毎年秋には、テーマを設け成菩提院の寺宝の一部が参拝者の方々に公開されています。

本堂

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戦国武将が滞在した当時の本堂を再現している

成菩提院の現在の本堂は、嘉永6年(1853)から万延元年(1860)にかけて再建された建物である。大規模な方丈形式の建築で、内部は書院風、屋根は銅板葺の入母屋造りの建築である。建築にあたり、戦国武将が滞在した時期の様式を参考にして建てられていると伝わっている。

感想■天台宗の寺院では珍しい方丈形式の本堂ですが、内部は外陣と内陣を明確に分けている密教的な要素もある点が興味深かったです。戦国武将が滞在していたころの様式に基づいていると伝えられているとおり、細部をみると精緻かつ豪勢に荘厳されており、飽きる事のない美しい建築だなと感じました。

秘仏ご本尊・十一面観音菩薩立像、不動明王立像、毘沙門天立像(米原市指定文化財)

勉学に励む僧侶を優しく見守る観音さま

本堂中央の厨子の内部には、秘仏・ご本尊である十一面観音菩薩立像、不動明王立像、毘沙門天立像が安置されている。中尊である十一面観音菩薩立像は、平安時代の終わりころから鎌倉時代にかけての過渡期に造立されたと考えられている。不動明王立像は室町時代、毘沙門天立像は鎌倉時代に造立されたと考えられている。秘仏であるため、普段は厨子の扉は閉められているが、成菩提院にとって記念の年など、数十年に一度御開帳される。

感想■ご本尊さまは立っているお姿の観音さまで、両脇にお不動さまと毘沙門さまを従えていると伺いました。このように観音さまがお不動さまと毘沙門さまを従えている様式は、天台宗の寺院で多くおまつりされているとお聞きしたことがあります。天台教学を勉強する僧侶たちが集ったという成菩提院を象徴するご本尊さまだなと感じました。
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お前立ち・十一面観音菩薩坐像

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秘仏ご本尊と異なり座ったお姿の観音さま

秘仏ご本尊がおまつりされている厨子の前には、大きな十一面観音菩薩坐像がおまつりされている。この観音さまは、秘仏ご本尊のお前立像として安置されている。多くの寺院では、秘仏のお姿をそっくりに写したお前立像が多いが、成菩提院のお前立像と秘仏ご本尊の姿は大きく異なっていることが特徴である。室町時代に造立されたと考えられてる。

感想■秘仏ご本尊とお前立像が異なる姿であるということに興味を持ちました。どのような理由によって異なるお姿で造立されたのか、いつか解明される日が来てほしいなと思っています。薄暗い内陣の中でぼんやりと金色の体が光り輝いており、お前立像の持つ神聖さに圧倒されました。

山門

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名工・左甚五郎作と伝わる龍の彫刻が参拝者を見下ろす

成菩提院の入口に立つ山門は、18世紀後半に建立されたと考えられている建物で、一間一戸の薬医門である。門の上には「寂照山」と成菩提院の山号の記された額と龍の彫刻が飾られている。龍の彫刻は、日光東照宮などを手掛け、名工の呼び声高い左甚五郎によって彫られたと伝えられている。あまりに見事な彫刻であることから、いつしか近隣の村々ではこの龍が夜な夜な門から抜け出し嵐や大雨を起こしているという話がひろがり。これ以上の災害を防ぐために、村人と成菩提院の住職は龍の目に八寸釘を打ったという。すると、それ以降嵐や大雨は減ったそう。その話を裏付けるかのように、龍の目には釘が打たれている。

感想■左甚五郎は関東に多くの作品を残しているというイメージでしたので、滋賀に左甚五郎作と伝わる彫刻が伝えられていることに驚きました。左甚五郎と成菩提院がどのような関係にあったのか興味を持つとともに、目に八寸釘を打ったことで災害が減ったという話が興味深かったです。当時の人々たちにとって左甚五郎が作る彫刻は生き生きとしている魅力的な姿であったのだなと感じました。

制札(滋賀県指定文化財)

戦国武将たちの思惑が垣間見える貴重な史料

成菩提院には16~17世紀にかけて制作された制札が複数伝えられている。制札とは、禁止事項や告知事項などを木札に書いて門の前などに示したもののことで、軍勢の乱暴行為を禁じた「禁制」と呼ばれる書式が流行したという。成菩提院に伝わる禁制のうち最も古いものは、永禄11年(1586)に織田信長により定められた禁制で、陣取りと放火の禁止・乱暴狼藉の禁止・山林と竹林の伐採の禁止が定められている。清須会議が開かれた都市に丹羽長秀と羽柴秀吉によって定められた禁制や関ヶ原の戦い前後に小早川秀秋によって定められた禁制も伝えられている。

感想■誰もが知る戦国武将である織田信長や羽柴秀吉、丹羽長秀、小早川秀秋が記した花押の残る制札の原本をみることができ、非常に感激しました。お話をお聞きすると、上洛や清須会議、関ヶ原の戦いといった重要局面においての制札であり、当時の世情に基づき深く読み込んでいくと、戦国武将たちの思惑が感じられ、ロマンにあふれる文化財であると強く思いました。
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report

学生レポート

立命館大学大学院1回生

今回の訪問では、談議所として大いに栄えたという成菩提院と戦国武将と成菩提院との関係が印象深く残っています。
お話の中で成菩提院には数多くの聖教が伝わっており、多くの僧侶が修行に励んでいたとお聞きしました。往時の成菩提院の姿を垣間見ることのできる聖教が今日まで受け継がれていることから、先人たちが聖教を大切なものとして熱意をもって後世へ繋いだということを実感しました。また、戦国武将との関りを示す史料が数多く伝えられており、戦に巻き込まれながらも激動の歴史を潜り抜け今日まで守り伝えられてきたことの凄さを実感しました。加えて、織田信長や羽柴秀吉、丹羽長秀、石田三成など、誰もが知る戦国武将たちが実際に記した文書の原本を見ることができ、戦国武将の宿所として機能した成菩提院の歴史を体感することができました。実際の史料をもとにお話ししていただけるので、いまだ謎の多い関ヶ原の戦い前後の戦国武将の動向に興味を持ちました。

history

ご由緒

成菩提院の正式名称は寂照山円乗寺成菩提院という。創建は弘仁6年(815)、伝教大師最澄により創建されたと伝わり、嵯峨天皇の勅願寺であったと伝えられている。13世紀頃には、「柏原談議所」として天台教学を学ぶ多くの僧侶が集ったという。安土桃山時代には、周辺を往来する戦国大名の宿所としても機能し、織田信長や豊臣秀吉、丹羽長秀、小早川秀秋などの戦国大名が成菩提院を訪れたと伝わる。現在の成菩提院には談議所としての歴史を感じさせる聖教類や戦国大名との関係を今に伝える文書類が伝えられ、毎年秋には寺宝展が開かれている。

info

参拝情報

名称
寂照山成菩提院
(じゃくしょうざんじょうぼだいいん)
所在地
滋賀県米原市柏原1692
googleMAP
参拝時間
堂内参拝は事前連絡
※秋の寺宝展の際は必要なし
拝観料
志納
ただし秋の寺宝展の際には拝観料が必要(500円/1人)
宗派
天台宗
御本尊
十一面観音菩薩・不動明王立像・毘沙門天立像
宝物殿
なし
アクセス
■公共交通機関:
JR柏原駅から徒歩10分。
■車:
・名神高速道路米原I.Cより関ケ原方面へ約15分徒歩。
・関ケ原I.Cから米原方面へ約15分。
駐車場
あり

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