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鎌倉時代より地域を見守り続ける御本尊・十一面千手観音様

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ひのおじ

檜尾寺

滋賀県甲賀市

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甲賀市一帯には、伝教大師の逸話を伝える様々な寺院が伽藍を構えています。尾から火花を出して山火事を引き起こしていた大蛇を鎮めた伝教大師により、約1200年前に創建された檜尾寺(ひのおじ)もその一つ。中世には、『甲賀六大寺』の一つに数えられるほど隆盛した檜尾寺には、鎌倉時代を代表する御本尊・十一面千手観音様を中心に、様々な仏様がまつられています。創建されてから約1200年間、地域の祈願寺として地域の方々に愛され続けている古刹です。
  • 檜尾寺 本堂
  • 文殊院

巡りポイント

秘仏御本尊・十一面千手観音様は、鎌倉時代前期に造立された当時の金箔が残り、鎌倉時代前期を代表する仏様として知られています。御本尊様を中心に地域の祈願寺として歴史を伝える檜尾寺の境内には、どこかホッとする穏やかな空間が境内に広がっています。

秘仏御本尊・木造十一面千手観音立像(国指定重要文化財)

  • 秘仏御本尊・木造十一面千手観音立像(国指定重要文化財)
  • 秘仏御本尊・木造十一面千手観音立像(国指定重要文化財)
  • 秘仏御本尊・木造十一面千手観音立像(国指定重要文化財)
  • 秘仏御本尊・木造十一面千手観音立像(国指定重要文化財)
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鎌倉時代前期に施された金箔が残る、凛々しいお姿の観音様

尾から火花を出し山火事を発生させていた大蛇を鎮めるため、伝教大師は当地に千手観音様をおまつりしたという。 現在の檜尾寺の御本尊は、鎌倉時代前期に造立された十一面千手観音立像。頭の上にぐるっと複数の顔をいただき、千の目と千の手を持ち、全方位の人々をお救いになる仏様として信仰を集めている。以前は数十年に一度に御開扉される秘仏であったため、鎌倉時代前期に造立された当初の金箔や脇手が残る。

 

御本尊様を修復した昭和の大仏師・小野寺久幸さんによると、教科書を読んでいるように思えるほど、寄木造の理論に忠実に従い造立されているとのこと。このことから、鎌倉時代前期に活躍した一流の仏師により造立されたと考えられ、鎌倉時代前期を代表する仏様として展覧会に出張されたこともある。

 

現在は、正月三が日、2月1日、8月18日の年に3回のみ御開扉している。

感想■御本尊様の凛々しく迫力あるお姿が印象的でした。頭上にある複数のお顔、千の目、千の手で全方向のありとあらゆる人々をお救いになる仏様であるとお聞きし、その凛々しいお姿と相まって、どのような願いや祈りも受け止めていただけるような安心感を感じました。年3回御開扉されているとのことで、またご縁があればお参りしたい仏様です。

木造釈迦如来立像(甲賀市指定文化財)

  • 木造釈迦如来立像(甲賀市指定文化財)
  • 木造釈迦如来立像(甲賀市指定文化財)
  • 木造釈迦如来立像(甲賀市指定文化財)
  • 木造釈迦如来立像(甲賀市指定文化財)
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繊細な衣の表現に目を奪われる清麗なお釈迦様

甲賀市の文化財に指定されている釈迦如来立像は、鎌倉時代後期に造立されたと考えられている仏様。中世の都で活躍した院派(いんぱ)の仏師によって造立されたと考えられている。もともとは彩色がされていた仏様であると檜尾寺には伝わっている。レントゲン撮影などにより、胎内の様子を調査されたことがあるが、銘文などは発見されなかったという。

感想■凛々しいお顔と実際に衣を身にまとっているように思えるほど繊細な衣の表現に息をのみました。頭上の螺髪1つ1つにも丁寧に彫刻されており、造立した仏師の繊細な技術に目を奪われました。

本堂

  • 本堂
  • 本堂
  • 本堂
  • 本堂
    中央:普賢菩薩騎象像
  • 本堂
    十羅刹女像
  • 本堂
    十二神将立像
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地域の皆さんが祈りを捧げる祈願道場

伝教大師により約1200年前に創建されて以来、檜尾寺は地域の祈願寺として歴史を紡いできた。現在の本堂は、江戸時代に建立された建物であると考えられており、平成に2回修復がなされている。

 

堂内には、白象に乗る普賢菩薩像や普賢菩薩の眷属である十羅刹女像をおまつりするほか、近隣の金龍寺でおまつりされていた薬師如来像や日光・月光菩薩立像、十二神将立像をおまつりしている。

感想■収蔵庫が完成する以前に御本尊様がおまつりされていたという本堂には、様々な仏様がおまつりされていました。檜尾寺や近隣の金龍寺でおまつりされてきたという仏様たちからは私たちとの距離の近さを感じ、地域を見守り続けてきた檜尾寺の歴史を体感することができました。

文殊院

  • 文殊院
    文殊院
  • 文殊院
    文殊院御本尊・文殊菩薩騎獅像
  • 文殊院
    阿弥陀三尊立像
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慈覚大師造立と伝わる文殊菩薩様が参拝者を迎える

仁寿3年(853)、慈覚大師による中興の際に創建されたお寺。慈覚大師が『人々の暮らしが豊かであるように』という願いを込めて、慈覚大師自刻の御本尊・文殊菩薩坐像をおまつりしたという。

 

文殊院の堂内には、慈覚大師自刻の御本尊・文殊菩薩坐像がおまつりされるほか、文殊院の檀家の皆さんの回向法要のため、阿弥陀三尊像がおまつりされている。

感想■『檜尾寺や文殊院を様々な人々との縁が交わる場所にしていきたい』とご住職がお話しされていました。中学校の職業体験やパーキンソン病の方々との交流を続けるご住職とともに、檜尾寺と文殊院は、地域の方々に愛され、拠り所となっている暖かい居場所のように感じられました。

report

学生レポート

立命館大学 3年

檜尾寺を訪れ、真っ先に気づいたのは奉納物の多さでした。そして奉納物のほとんどに、「還暦奉納」「〇〇回忌奉納」と書かれ、平成のものも大変多かったです。地域のお寺で年忌奉納はしばしば目にしますが、還暦など長寿祝いを契機に奉納されているのは、個人的には初めて目にしました。

長寿祝いに奉納をする習慣があるほど、地区の信仰心は篤く、また檜尾寺は地域の人々と密着した存在なのだと考えました。物質主義・現世主義的価値観や信仰心の薄化が課題と考えられている現在、檜尾寺の在り方は珍しいと思います。鎌倉時代から伝えられている御本尊千手観音さまや、代々のご住職のお人柄など、地域住民から愛される要素が多かったためかと思います。現在まで守り継がれてきた檜尾寺の文化財や地域での存在が、今後も継承されて欲しいです。

history

ご由緒

根本中堂の用材を求めて当地を訪れた伝教大師により創建されたと伝えられている。その際、当地では尾から火花を出して暴れる大蛇が山火事を起こしており、村人が困惑していたという。伝教大師が村で眠りにつくと夢枕に老人が出現し、暴れている大蛇の正体は、不加天津彦火瓊々杵尊神(ふかあまつひこほのににぎのみこと)という神様で、龍を鎮める呪法を行ってくれれば、熊野へと旅立つとお告げを残した。夢から覚めた伝教大師は、千手観音像を造立し、お告げの通りに龍を鎮める呪法を行ったという。すると、大蛇の姿は消え山火事の被害はおさまり、「補陀落山火尾寺」というお寺を創建したという。

その数十年後の仁寿3年(853)、慈覚大師円仁が訪れ、寺号を「檜尾寺」に改めたと伝える。中世には「甲賀六大寺」の1つに数えられ、往時には28院6坊から構成されていたという。

info

参拝情報

名称
補陀洛山 檜尾寺
(ふだらくさん ひのおじ)
所在地
滋賀県甲賀市滋賀県甲賀市甲南町池田43
googleMAP
参拝時間
9:00〜16:00
宗派
天台宗
御本尊
千手観音
宝物殿
なし
アクセス
■公共交通機関
JR草津線甲賀駅下車後徒歩15分

■車
甲南ICから約6.3 km
駐車場
有り(普通車20台、大型車5台)

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