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ご由緒
根本中堂の用材を求めて当地を訪れた伝教大師により創建されたと伝えられている。その際、当地では尾から火花を出して暴れる大蛇が山火事を起こしており、村人が困惑していたという。伝教大師が村で眠りにつくと夢枕に老人が出現し、暴れている大蛇の正体は、不加天津彦火瓊々杵尊神(ふかあまつひこほのににぎのみこと)という神様で、龍を鎮める呪法を行ってくれれば、熊野へと旅立つとお告げを残した。夢から覚めた伝教大師は、千手観音像を造立し、お告げの通りに龍を鎮める呪法を行ったという。すると、大蛇の姿は消え山火事の被害はおさまり、「補陀落山火尾寺」というお寺を創建したという。
その数十年後の仁寿3年(853)、慈覚大師円仁が訪れ、寺号を「檜尾寺」に改めたと伝える。中世には「甲賀六大寺」の1つに数えられ、往時には28院6坊から構成されていたという。
