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慈恵大師が比叡山へ登る覚悟を固めた地に建つ

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ぐほうじ

求法寺

滋賀県大津市

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日吉大社の参道沿いに建つ求法寺のご本尊は慈恵大師良源。比叡山の諸堂の整備や法華経を中心とした比叡山仏教の学問的興隆に多大な功績をあげたことから「比叡山中興の祖」と呼ばれる平安時代の高僧です。求法寺が建つ場所は、慈恵大師が比叡山に登る前、修行に励む覚悟を固めた場所であり、たくさんの人々から尊敬を集めた慈恵大師のゆかりの場所として守り伝えられてきました。ご本尊が御開帳される1月3日と9月2日には人々が集い、経典を読む声が境内に響き渡ります。

巡りポイント

建物の中央にはご本尊・慈恵大師良源坐像がおまつりされています。ご本尊のまわりには慈恵大師良源が如意輪観音の化身とされたことから如意輪観音像がおまつりされるなど、元三大師堂の堂内は比叡山に広がる元三大師信仰の歴史が詰まっています。

ご本尊・慈恵大師良源坐像(国指定重要文化財)

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覚悟を固めた力強い眼差しを人々に向ける

求法寺のご本尊・慈恵大師良源坐像は、鎌倉時代に造立されたお像で、国の重要文化財に指定されている。像底の底板には朱漆で記された銘文が残されており、その銘文には、円暹(えんせん)を願主とし、仏師の法橋院農(いんのう)と絵師の法橋快円(かいえん)により文永4年(1267)に造立されたことが記されている。仏師である院農の詳細は明らかではないが、「院」とつくため院派に連なる仏師であるとの指摘がある。織田信長焼き討ちの際に比叡山より逃れ、琵琶湖の東岸である湖東地域の坂田郡名越村(現長浜市)に一時安置されていたと伝えられている。秘仏であるため、通常厨子の扉は閉められているが、毎年1月3日の元三会と9月2日の御誕生会において御開帳される。

感想■ご本尊・慈恵大師良源坐像の力強く迫力ある眼差しが心に深く刻まれています。この地は慈恵大師良源さまが比叡山に登り修行に励む覚悟を固めた地とお話いただき、この力強い眼差しは慈恵大師良源さまのその揺るがぬ覚悟を示しているのだと思いました。また、ご本尊さまの眼差しの先に進むと自分自身の心のうちをすべて見透かされているような感覚を覚えるとともに、自分自身の人生の歩みを力強く応援していただいているように感じました。暗闇の中灯に照らされているそのお姿は、実際に目の前に慈恵大師良源さまが坐っているかのように感じました。

如意輪観音坐像

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如意輪観音さまの化身とされる慈恵大師

ご本尊さまに向かって左側の壇上には、金色に光り輝く如意輪観音坐像がおまつりされている。慈恵大師良源は如意輪観音の化身であるという信仰が慈恵大師没後に生まれたことにより、慈恵大師良源像と如意輪観音像は同時におまつりされることが多いという。この信仰の起源の一つとして、慈恵大師が如意輪法を盛んに修法したことが考えられている。慈恵大師は、天元2年(979)、円融天皇の皇子誕生祈願のために東塔檀那院にて70日間にもわたる如意輪法を修しただけでなく、永観2年(984)には、慈恵大師の指示のもと、山科花山妙業坊(元慶寺を構成する子院の一つ)にて円融天皇の皇子である懐仁親王(かねひとしんのう、後の一条天皇)と母である詮子の列席とともに如意輪法が修され、この霊験により師貞親王は花山天皇として即位し、懐仁親王は東宮となったという。このような信仰を今に示すように、元三会や御誕生会では如意輪観音をあらわす真言が唱えられている。

感想■慈恵大師と如意輪観音さま関係性に興味を持ちました。慈恵大師は如意輪法を盛んに修法し、多くの人々の祈りを伝えたとお聞きし、慈恵大師のその修法にたくさんの人々が救われたからこそ後の時代に慈恵大師が如意輪観音さまの化身であるという信仰が生まれたのだと思いました。また、そのような信仰が今も伝えらえていることに感動しました。

走井元三大師堂(滋賀県指定文化財)

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参拝者のために大工が技巧を凝らした建物

求法寺の本堂である元三大師堂は、正徳3年(1713)に建築が始まり正徳4年(1714)に上棟した建物である。この建物に伝えられている棟札には、大工として次郎左衛門尉という名前が記されており、この次郎左衛門尉は同じ坂本にある西教寺本堂(国指定重要文化財)を建てた大工と同じ系統に属すという。正面五間・側面三間の礼堂の後ろに正面三間・側面3間の正堂が「凸」字形に接続している。礼堂内部の柱を省略するために優れた架構技術が施されている。これは、参拝者が多く参拝できるための工夫であるという。内部は極彩色に彩られている。

感想■手前にある礼堂に入り外観から想像する以上に広い空間が広がっていることに驚きました。訪問後にこの建物について調べると、集う参拝者が多く堂内に入ることができるように、屋根を支える建築構造を工夫し広い空間を確保していると知りました。いかにご本尊が多くの人々から信仰を集めていたかを実感するとともに、人々のために腕を振るう当時の大工の技術力の高さに圧倒されました。

report

学生レポート

立命館大学生命科学研究科2年

法要後にご住職がお話しされた、儀式に参列するだけでなく、その裏に込められた理由や歴史まで視野を広げてほしいという点が印象に残っています。私は4、5年前に御誕生会に参列させていただき今回が2回目の参列でしたが、初めての参列時には考えのあまり及ばなかった、なぜ慈恵大師の法要で如意輪観音の護摩法要をするのかなど様々な点を、法要やご住職のお話の中から学ぶことができました。
また、力強く私たちへ向ける慈恵大師の眼差しは、慈恵大師がこの地で入山修行の覚悟を固められたことを示しているような印象を感じさせ、様々な不安がある中で学問の世界へさらに歩みを進めようと考えている私は、その眼差しに勇気づけられる心地を抱きました。

history

ご由緒

かつてこの地には第4代天台座主安慧の里坊があったと伝えられている。後の慈恵大師良源がこの地で比叡山での修行の決意を固め比叡山に登ったことから、「求法寺」と称されるようになった。慈恵大師ゆかりの場所として、鎌倉時代に慈恵大師の像が造立され、この像がご本尊となっている。現在の元三大師堂は正徳4年(1714)に上棟された建物で、滋賀県指定文化財になっている。毎年1月3日には元三会、9月2日には御誕生会がとりおこなわれ、ご本尊・慈恵大師坐像が御開帳される。

info

参拝情報

名称
比叡山求法寺
(ひえいざんぐほうじ)
所在地
滋賀県大津市坂本5丁目2−33
googleMAP
参拝時間
9:00~17:00
ご本尊は1年に2回、1月3日の元三大会と、9月2日の誕生会の法要の時間のみ御開帳される。
参拝料金
宗派
天台宗
御本尊
慈恵大師良源
宝物殿等
なし
アクセス
比叡山鉄道線(坂本ケーブル) ケーブル坂本駅 徒歩約5分
比叡山鉄道線(坂本ケーブル) ほうらい丘駅 徒歩約12分
京阪石山坂本線 坂本比叡山口駅 徒歩約13分
駐車場
有り
備考
紹介映像「比叡山 坂本 求法寺を巡る」
https://www.youtube.com/watch?v=pWhU74v5Fzo

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