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思惟し続ける美しい如意輪観音様をまつる名刹

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まつおじ

松尾寺

大阪府和泉市

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大阪府・奈良県・和歌山県にまたがる葛城の山々には雄大で厳しい自然が育まれ、神や仏がおわす霊地として古来より人々の祈りを受け止めてきました。大阪府和泉市に伽藍を構える松尾寺もその一つ。約1350年前に修験道の開祖とされる役行者が創建して以来、自然の中に多様な神や仏の姿を見出した先人たちの祈りを今に伝えているお寺です。秘仏御本尊である如意輪観音様を中心に様々な仏様や神様が境内におまつりされています。

巡りポイント

松尾寺の秘仏御本尊である如意輪観音様は、人々を救うために思惟し続けているお姿をされています。毎年4月第一日曜日に執り行われる採灯大護摩供の際に金堂内の他の仏様とともに御開扉され、その美しく凛々しいお姿で人々の祈りを受け止めておられます。

金堂(大阪府指定文化財)

  • 金堂(大阪府指定文化財)
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桃山時代に建てられた豪壮な建築

金堂は松尾寺の中心となる建物。安土桃山時代に建立された建物とされ、もともとは四天王寺の阿弥陀堂であり、慶長7年(1602)に豊臣秀頼公による松尾寺再興の際に、移築した建物であると伝えられている。

 

堂内には桃山時代から江戸時代にかけての施された彩色が伝えられており、当時の豪壮な荘厳様式を現代に伝えている。安土桃山時代から江戸時代にかけての寺院建築の様式を伝える貴重な建物であることから、大阪府の文化財に指定されている。

感想■屋根の傾斜や建物を構築する柱を見ると、力強い反りやその太さなどから豪壮な印象を受けました。また、堂内の彩色には龍が多く描かれていることに気が付きました。その理由をご住職に伺うと、おそらく火災や戦乱で何度も焼失した歴史を繰り返さないように、水を司る龍が多く描かれているのではないかということで、先人たちの建物に込める想いの強さに圧倒されました。

秘仏御本尊・木造如意輪観音菩薩像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉

  • 秘仏御本尊・木造如意輪観音菩薩像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
  • 秘仏御本尊・木造如意輪観音菩薩像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
  • 秘仏御本尊・木造如意輪観音菩薩像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
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人々を救うために思惟し続ける美しく凛々しい観音様

松尾寺の御本尊は如意輪観音様。 

 

如意輪観音様は、智慧や福徳等の様々な願い事を意のままに叶えてくれる『如意宝珠』や煩悩を打ち砕く『法輪』を持ち、そのお名前には、様々な願い事を叶えるとともに煩悩を打ち砕く観音様であるということが表されている。

 

また6つの腕は、仏教で説かれている6つの世界(六道:天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)の全ての衆生を救うということを表しているという。

 

御本尊様は秘仏としておまつりされており、通常はそのお姿を直接拝することはできないが、毎年4月第一日曜日に執り行われる採灯大護摩供の際に御開扉される。

 

採灯大護摩供は、松尾寺で一番大きな法要で修験道の霊地の一つである奈良県の大峰山から行者を招き、境内で大きな護摩を修する法要。当日には各地からたくさんの方々がお参りに訪れる。

感想■ご住職がお話しされた「如意輪観音様は、生きとし生けるすべての生命を救うためにはどうすればよいのかと考え悩み続けられている観音様です。」というお話しが強く心に響きました。誰かのためを想う観音様の精神がその美しく凛々しいお姿に表れているように感じました。

木造四天王立像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉

  • 木造四天王立像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
    多聞天立像
  • 木造四天王立像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
    多聞天立像
  • 木造四天王立像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
    増長天立像
  • 木造四天王立像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
    増長天立像
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如意輪観音様を守護する勇壮な仏様たち

秘仏御本尊である如意輪観音様の周囲には、多聞天・持国天・増長天・広目天から構成される四天王立像がおまつりされている。鎌倉時代から江戸時代にかけて造立された仏様であると考えられている。

 

四天王を構成する多聞天・持国天・増長天・広目天はそれぞれ北・東・南・西を守護する仏様であるとされ、それぞれ刀や戟などを持つ。

 

如意輪観音様と同様に、毎年4月第一日曜日に執り行われる採灯大護摩供の際に御開扉される。

感想■眉を顰め、左手に持つ宝塔を見つめる力強く凛々しい多聞天の姿に息をのみました。四天王様それぞれの表情には力強さや気迫が感じられ、その迫力に圧倒されました。

木造役行者像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉

  • 木造役行者像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
    役行者像
  • 木造役行者像 ※毎年4月第一日曜日の採灯大護摩供の際に御開扉
    阿弥陀如来坐像
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松尾寺を創建した修験道の開祖

如意輪観音様がおまつりされている厨子の右側にある厨子には、松尾寺を創建した役行者像がおまつりされている。

 

飛鳥時代の西暦672年、役行者(神変大菩薩)は当地に枝を広げていた楠の霊木を使い如意輪観音様を造立し、当地にまつり松尾寺の歴史が始まったと伝えられている。

 

また、役行者像の隣には阿弥陀如来坐像がおまつりされている。

感想■岩窟に座る役行者様の目力の力強さに圧倒されました、日本で育まれてきた自然崇拝の祈りと仏教を融合させた日本独特の祈りのかたちである修験道の祈りの力強さを感じました。

木造三十三応現身立像

  • 木造三十三応現身立像
  • 木造三十三応現身立像
  • 木造三十三応現身立像
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全ての衆生を救うために姿を変える観音様

本堂上方に三十三応現身立像が安置されている。三十三応現身とは、観音様が相手の状況や姿に応じて自身の姿を33の姿に変えて教えを説かれたということを表しており、仏像としてあらわす例は珍しいという。

感想■法華経に説かれている観音様のお話しをご住職から伺いました。衆生の状況や姿などをふまえて様々な姿をとる観音様のお姿を彫刻として表したお像であるとお聞きし、観音様を身近に感じることができました。

山門・木造二天王立像・木造文殊菩薩騎獅像(非公開)

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    山門
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江戸時代に建立された堂々たる門

松尾寺の参道に建つ山門で、宝永2年(1705)に建立された。全て楠の部材からなり二層構造で釘を使っていない建物で、一層目には、悪しき存在が寺内に入ることを防ぐ持国天立像・増長天立像をおまつりしている。二層目には、永禄10年(1567)に造立されたとみられる文殊菩薩騎獅像をおまつりしている。

感想■鬱蒼とした木々の間に建つ山門の前に立つと自然と背筋が伸びるような緊張感を感じました。一層目におまつりされている勇壮な二天王様と二層目におまつりされている穏やかな文殊菩薩様の身にまとう雰囲気の違いも印象的でした。

首堂(こうべどう)

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源平合戦の戦死者を弔い続ける

源平合戦の頃、源義経公は一ノ谷合戦で戦死した全ての人々を弔うために、和泉の松尾寺に戦死者の首を乗せた舟一艘を送り弔ったという。

 

松尾寺では、山門の手前に首堂(こうべどう)が建立され、一ノ谷合戦で戦死した人々が弔われている。

感想■木立の中にひっそりと建てられている首堂の由緒を伺い、戦乱の中で懸命に生きた先人たちの姿を感じました。先人たちのことを想い、そっと手を合わせました。

念仏堂・寿老神堂・三天堂・鐘楼・不動堂・水子地蔵回向堂・松尾寺境内(大阪府指定史蹟)

  • 念仏堂・寿老神堂・三天堂・鐘楼・不動堂・水子地蔵回向堂・松尾寺境内(大阪府指定史蹟)
    念仏堂
  • 念仏堂・寿老神堂・三天堂・鐘楼・不動堂・水子地蔵回向堂・松尾寺境内(大阪府指定史蹟)
    梵鐘
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    不動堂
  • 念仏堂・寿老神堂・三天堂・鐘楼・不動堂・水子地蔵回向堂・松尾寺境内(大阪府指定史蹟)
    不動堂 不動明王立像
  • 念仏堂・寿老神堂・三天堂・鐘楼・不動堂・水子地蔵回向堂・松尾寺境内(大阪府指定史蹟)
    水子地蔵尊回向堂
  • 念仏堂・寿老神堂・三天堂・鐘楼・不動堂・水子地蔵回向堂・松尾寺境内(大阪府指定史蹟)
    水子地蔵尊回向堂
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様々な仏様・神様がおまつりされている松尾寺境内

山門をくぐると念仏堂と寿老神堂にたどり着く。念仏堂には、阿弥陀如来様を中心に弘法大師様や不動明王様、大日如来様がおまつりされている。寿老神堂には七福神を構成する寿老神をまつる。

 

金堂の近くには、三天堂と鐘楼が建つ。三天堂には松尾寺創建の際に役行者が感得された神様で酒や醤油、農作物などのつくりものの神様である穀聚三天尊をはじめ松尾明神や三所権現、大日如来、阿弥陀如来、善女竜王、歓喜天をおまつりしている。旧暦の10月15日には三天堂で松尾明神供が修される。鐘楼には貞享4年(1687)に鋳造された梵鐘が吊るされている。

 

金堂の背後には、不動明王をまつり護摩供が修される不動堂や地蔵菩薩をまつつ水子地蔵尊回向堂が建立され、人々の祈りを受け止めている。

 

多くの仏様や神様がまつられている松尾寺の境内は大阪府の史蹟に指定されている。

感想■様々な仏様や神様がおまつりされ、神仏習合の歴史を強く感じました。特に役行者が感得されたという穀聚三天尊という神様に興味を抱き、旧暦の10月15日に修される松尾明神供にいつかお参りしたいと思いました。

report

学生レポート

龍谷大学 2回生

最初におつとめをしていただき、ともに般若心経を唱える機会を得られたことが大変嬉しく、心に残っております。普段はなかなかそのような体験をすることができないため、とても貴重な経験となりました。

また、特別に如意輪観音像を拝見させていただき、心より感謝申し上げます。本堂に入ってご本尊を初めて目にした時、その美麗なお姿に強い感動を覚えました。さらに「如意輪観音の姿勢は、衆生を救うにはどうすべきかを考えているお姿である」とのご説明を伺い、近くで拝見した際には一層の有り難みと尊さを感じることができました。
加えて、山門に入らせていただけたことも初めての体験であり、非常に印象的でした。内部の構造を知ることができたことは大きな学びであり、また暗がりの中で大きな仏像と対面した際には、迫力と荘厳さを強く感じることができました。

history

ご由緒

西暦672年、当地に枝を広げていた楠の霊木を使い如意輪観音様を造立し、おまつりしたことから歴史が始まったと伝えられている。

 

奈良時代には、現在の北陸地方にある霊峰白山を開いた泰澄大師が松尾寺を訪れ、伽藍を整備したと伝えられるほか、平安時代には弘法大師や第3代天台座主を務めた慈覚大師円仁が松尾寺を訪れ、仏様を刻み、松尾寺におまつりされた記録に残る。

 

中世の南北朝時代には南朝方に与しており、南朝の天皇陛下や武将たちの願いを受け、御祈祷を行い、往時には寺領が7000石、松尾寺の傘下の末寺が約300寺、僧兵を数千人抱える大寺院であったと伝えられている。

 

しかしながら、戦国時代の天正9年(1581)、高野山攻めを行う織田信長軍の攻撃を受けて全山焼失。その後、豊臣秀頼公により慶長7年(1602)に復興された。現在伝えられている金堂は、もともと四天王寺の阿弥陀堂で秀頼公により復興の際に移築された建物であるとされている。

 

毎年4月第一日曜日には境内で採灯大護摩供が修され、御本尊・如意輪観音様が御開扉される。

info

参拝情報

名称
阿弥陀山 松尾寺
(あみださん まつおじ)
所在地
大阪府和泉市松尾寺町2168
googleMAP
参拝時間
9時~17時
宗派
天台宗
御本尊
如意輪観音
宝物殿
アクセス
■公共交通機関
〇泉北高速鉄道『和泉中央』駅より南海バス松尾寺行き乗車。終点『松尾寺』バス停で下車すぐ。
駐車場
あり
Webサイト
https://www.sensyu-matuoji.com/
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