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ご由緒
西暦672年、当地に枝を広げていた楠の霊木を使い如意輪観音様を造立し、おまつりしたことから歴史が始まったと伝えられている。
奈良時代には、現在の北陸地方にある霊峰白山を開いた泰澄大師が松尾寺を訪れ、伽藍を整備したと伝えられるほか、平安時代には弘法大師や第3代天台座主を務めた慈覚大師円仁が松尾寺を訪れ、仏様を刻み、松尾寺におまつりされた記録に残る。
中世の南北朝時代には南朝方に与しており、南朝の天皇陛下や武将たちの願いを受け、御祈祷を行い、往時には寺領が7000石、松尾寺の傘下の末寺が約300寺、僧兵を数千人抱える大寺院であったと伝えられている。
しかしながら、戦国時代の天正9年(1581)、高野山攻めを行う織田信長軍の攻撃を受けて全山焼失。その後、豊臣秀頼公により慶長7年(1602)に復興された。現在伝えられている金堂は、もともと四天王寺の阿弥陀堂で秀頼公により復興の際に移築された建物であるとされている。
毎年4月第一日曜日には境内で採灯大護摩供が修され、御本尊・如意輪観音様が御開扉される。
