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出羽国分寺の祈りをつなぐ

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はくさんじこくぶんじやくしどう

柏山寺 国分寺薬師堂

山形県山形市

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今から約1300年前、聖武天皇の人々の幸せに対する願いをもとに全国に建立された国分寺。その一つである出羽国分寺の祈りを伝える大堂・国分寺薬師堂が山形の地を見守っています。山形の悠久の歴史とともに場所を移しながら出羽国分寺の祈りを受け継ぐ国分寺薬師堂は、いつの時代も山形の人々の祈りや願いに寄り添う開かれたお堂として親しまれています。

巡りポイント

薬師堂は江戸時代に建立された巨大な建築を明治時代に移築した建物。技術の粋を集めて建立された建物の内部には、奈良時代より紡がれてきた祈りに満たされています。また、毎年5月に開催されている植木市は、400年以上の歴史を誇り日本三大植木市の一つにも数えられる日本有数の植木市です。

薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)

  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
    仁王像(阿形像)
  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
    仁王像(吽形像)
  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
    地蔵菩薩立像
  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
    不動明王及び二童子立像
  • 薬師堂(旧山形県会仮議事堂、山形県指定史跡)
    十一面観音菩薩立像
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出羽国分寺の祈りを受け継ぐ堂々たる大堂

柏山寺の金堂である国分寺薬師堂は、奈良時代、聖武天皇の勅願により全国に建立された国分寺のうちの出羽国分寺の歴史を受け継ぐ祈りの地として信仰を集めている。

 

創建当時の出羽国分寺は、当時の遠方への重要な交通手段の一つである海上交通の便が良い、現在の山形県酒田市や遊佐町のあたりの日本海側に創建されたと考えられている。その後、内陸へと拡大する人々の動きとともに出羽国分寺も場所を移動していったと推測されている。

 

戦国時代から江戸時代初頭にかけて最上義光公が山形城を整備する際、義光公は霊山として知られていた立石寺がお城の丁度鬼門の方角に位置するように山形城を整備し、立石寺と山形城の間に位置する当地に、義光公を守護する寺院として由緒ある出羽国分寺を分祀したと記録に残るという。このとき、柏山寺が国分寺薬師堂の信仰をお守りする別当寺となり、今日まで歴史が紡がれている。

 

義光公が整備した江戸時代から明治時代にかけて、国分寺薬師堂は2度の大火に見舞われてしまった。現在の建物は、山形市内にかつて存在した真言宗の大寺院・寶幢寺(ほうどうじ)の本堂を明治45年(1912)に移築した建物である。この建物は、もともと江戸時代の文政年間(1818~1831)に建立された建物であり、内部に柱が少なく開放的な空間である点が特徴の建物。天井の上で組まれている2本の大きな梁が全ての荷重を支える役割を担っているため、このような開放的な内部空間が生み出されているという。

 

また、明治初頭、山形県会議事堂が完成するまでは仮議事堂として用いられていた歴史もある。このことから、柏山寺や県庁、県会議事堂などを含む山形市東部の広い部分が焼失してしまった明治44年の大火の後の臨時議会は、大火の翌年に移築された現在の建物で開かれたという。

 

堂内には、様々な仏様がおまつりされている。扉より入り最初に出会う仏様は仁王様。口を開く阿形像と口を閉じる吽形像がにらみを利かせている。内陣の大きな壇上には、秘仏御本尊様を中心に、不動明王様や地蔵菩薩様、観音菩薩様など様々な仏様がおまつりされている。

感想■青空のもとに雄大な屋根を広げる巨大な建築にただただ圧倒されました。ご住職より出羽国分寺や建物の詳細な歴史を伺うと、建物そのものの技術的な魅力に加えて、信仰の地としての建物の姿や人々の暮らしを前進させる場としての建物の姿など、多様な側面の魅力に気づき、時代を通じて様々な人々が訪れ出会う素敵な建物であると思いました。

秘仏御本尊・薬師如来像

  • 秘仏御本尊・薬師如来像
    前仏・薬師三尊像(中央:薬師如来坐像、右:日光菩薩立像、左:月光菩薩立像)
  • 秘仏御本尊・薬師如来像
    前仏・薬師如来坐像
  • 秘仏御本尊・薬師如来像
    前仏・日光菩薩立像
  • 秘仏御本尊・薬師如来像
    前仏・月光菩薩立像
  • 秘仏御本尊・薬師如来像
    脇侍・不動明王立像
  • 秘仏御本尊・薬師如来像
    脇侍・不動明王立像
  • 秘仏御本尊・薬師如来像
    脇侍・毘沙門天立像
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厨子の内に秘められし御本尊様

堂内中央の厨子の内部には、国分寺薬師堂の秘仏御本尊である薬師如来様がおまつりされている。御開帳の年月が定められておらず、どのようなお姿をされている薬師如来様がおまつりされているか等、謎が多い仏様である。

 

厨子の前面には、前仏である薬師三尊像がおまつりされている。中央に座ったお姿の薬師如来様、両脇に日光菩薩様と月光菩薩様をおまつりしている。さらに、その左右には不動明王様と毘沙門天様をおまつりしている。

感想■秘仏の御本尊様は、ご住職も直接お姿をお参りしたことがない仏様であると伺い、そのお姿と御本尊様に対する信仰に興味を抱きました。お姿が直接お参りできないからこそ、それぞれの参拝者が心の内に抱く御本尊様のお姿があり、人々と仏様との距離が近く親しみ深い信仰が国分寺薬師堂で育まれているのかなと思いました。

木造十二神将立像

  • 木造十二神将立像
  • 木造十二神将立像
  • 木造十二神将立像
  • 木造十二神将立像
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  • 木造十二神将立像
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大火を潜り抜け、御本尊様を守り続ける

御本尊様の左右には、薬師如来様の眷属である十二神将様がおまつりされている。それぞれ甲冑を身に着け、剣や戟などの武具を持つ。頭上には対応する干支の姿を乗せる。江戸時代中期頃に造立されたお像であるという。

 

国分寺薬師堂の十二神将様は、頭上の一部を除きお体が黒く塗られている。これは、大火の際に裏の池の水中に沈めたために彩色が取れてしまったためであるという。

感想■躍動的なお姿と、黒いお姿が印象的でした。この黒いお姿に秘められている十二神将様を守り抜いた歴史を伺い、現在私たちがお参りできることの背景には、仏様を大切に伝えようとした先人たちの存在があることを強く実感しました。

木造ころり観音菩薩坐像

  • 木造ころり観音菩薩坐像
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離れた地の観音様を想う

薬師堂内、向かって右の壇におまつりされている坐像の仏様は、「ころり観音」と呼ばれ親しまれている観音菩薩様。山形市内に伽藍を構える天台宗の古刹・風立寺におまつりされている霊験あらたかなころり観音様を模したお像である。

 

今から30年くらい前、「風立寺までお参りすることが難しい」という声をいただき、造立した仏様である。

感想■お姿が浮かび上がるように照らされていたころり観音様のお姿に心動かされました。ころり観音様のお姿は周囲の陰翳とも調和し、まさにお迎えに来られたその瞬間かと思うような臨場感をも感じました。物理的に離れていても祈りで繋がっていることも素敵だと思いました。

薬師公園

  • 薬師公園
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    「雪部隊」戦没者慰霊碑
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林立するケヤキの大木と歴史を伝える石碑群

国分寺薬師堂が建つ地は「薬師公園(千歳公園)」としても親しまれている。境内には、樹齢数十年以上のケヤキの大木が枝を広げている。毎年5月8日・9日・10日には、日本三大植木市の一つに数えられている「薬師祭植木市」が開催されている。この「薬師祭植木市」は最上義光公が大火で焼失した城下に緑を取り戻そうと呼びかけ始まったとされ400年以上の歴史を誇り、お釈迦様の誕生を祝う「花まつり(灌仏会)」と一体となって親しまれてきた行事であるという。

 

境内には、国分寺薬師堂や山形の歴史を伝える様々な石碑が建立されている。薬師堂の近くに建つ「戦没者慰霊碑」と揮毫された巨大な石碑は、昭和14年(1939)に雪国である青森・岩手・秋田・山形の人々から結成され、大陸や南方の地で戦った「雪部隊」の人々を弔う石碑である。石碑の裏側には、山形県知事を務めた板垣清一郎氏による碑文が刻まれている。他にも松尾芭蕉の句碑や西園寺公望により記された明治大学の創設者の一人である宮城浩蔵(1852 - 1893)の追悼碑、種痘を広めた長沢理玄(1815 - 1863)の顕彰碑など様々な石碑が伝えられている。

 

薬師堂の背後には、豊かな水をたたえる弁天池が伝えられている。この弁天池は、初代山形県県令を務めた三島通庸が整備した千歳公園を構成する庭園の一部であるという。

感想■毎年5月に開催される植木市は、日本でも屈指の歴史を誇る植木市と伺いました。ケヤキの新緑と穏やかな日差しのもとで開催される植木市にいつか参加したいです。

report

学生レポート

立命館大学 3年

出羽国分寺の歴史について様々な視点からの解釈をお聞きし、今まで私自身は学んで知るといったことだけで疑問などをもっていませんでしたが、伝えられている歴史をそのまま受け入れるだけでなく「こうだったかもしれない」といったことを自分でも考えてみる・考えてみようとすることで、より理解やその歴史に対しての魅力が深まっていくと思うと非常に興味深かったです。このように事実を伝えることも重要ではありますが、私が実際に訪れて感じたことなども伝えていきたいと思います。

また植木祭などお祭りによって地域との関わりがあることをお聞きして祭りはお寺と地域の方々を結ぶ大切であり素敵な存在であると感じたので、このつながりや魅力を1人でも多くの人に伝えられるようにこの活動を通して発信していきたいと思います。

今回の活動でお寺の長い歴史を学び、お寺は地域の人々と共にあり続けるものだと感じました。柏山寺や国分寺薬師堂が火災時に人々によって守られたように、お寺がいつの時代も変わらない心の拠り所であり大切な人を思っての願いや自分を見つめる日本国民にとってなくてはならない場であるからであると思います。だからこそ、これから先も人々とお寺の心のつながりはいつまでも変わらないのではないかと私は思いました。

history

ご由緒

国分寺薬師堂は、天平13年(741)、聖武天皇によって発布された「国分寺建立の詔」により建立されたとされる出羽国分寺を起源に持つ。創建当初の出羽国分寺は日本海側に伽藍を構えていたが、人々の動きに合わせ内陸側へと移転を繰り返したという。

 

戦国時代から江戸時代初期にかけて当地を治めた最上義光公が山形城を整備する際、山形城の鬼門の方向である現在地に出羽国分寺を分祀したと記録に残され、柏山寺は国分寺薬師堂を管理する別当寺として歴史を伝えている。

info

参拝情報

名称
護国山 柏山寺 国分寺薬師堂
(ごこくさん はくさんじ こくぶんじやくしどう)
所在地
山形県山形市薬師町2丁目8−88
googleMAP
参拝時間
8:00から17:00
(11月から2月は16:00まで)
拝観料
志納
宗派
天台宗
御本尊
薬師如来(国分寺薬師堂)・阿弥陀如来(柏山寺)
宝物殿
-
アクセス
■公共交通機関
・JR山形駅下車後、山交バス「千歳公園待合所」行きに乗車。「千歳公園待合所」バス停下車後、徒歩約5分。
・JR山形駅下車後、ベニちゃんバス西くるりん城西町先回りコースに乗車。「十日町紅の蔵前」バス停下車後、山交バス「東北中央病院・沼の辺」行きに乗車、「千歳公園待合所」バス停下車後、徒歩約5分。
・JR北山形駅より徒歩約20分。

■車
山形中央ICより約15分。
駐車場
あり

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