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ご由緒
寺伝によると、仏の力をもって難産の苦しみから女性を救いたいと願った行基菩薩により創建されたという。その際、1000日間をかけて1000部の『地蔵菩薩本願経』を写経し、その写経を造立した地蔵菩薩像の胎内に納めおまつりしたという。その後、荒廃していた姿に胸を痛めた恵心僧都源信により再興されたと伝えられている。本尊は像高2メートルを超える地蔵菩薩坐像。平重衡公の出生の際に安産を祈願したと伝えられているとともに、地蔵菩薩が身に着ける下裳(したも)の結び目が腹帯に見えることから「腹帯地蔵」として多くの信仰を集めている。また、境内には樹齢約1000年とされる榧の木が枝を広げており、幹には西村公朝師により不動明王像が刻まれている。この不動明王像は、ある夜、榧の木の前に不動明王が出現する夢を住職がみたことから彫られた不動明王である。
