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仏さまと参詣者の距離が近い観音さまの霊場

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あなおじ

穴太寺

京都府亀岡市

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亀岡駅から車で15分ほどの郊外に、古くから観音霊場として名高い古刹・穴太寺が伽藍を構えています。創建より1300年以上の歴史を誇り、近畿地方一帯を巡る観音霊場である西国三十三カ所の札所である穴太寺には数々の仏さまがおまつりされているだけでなく、仏さまごとに人々との様々な逸話が伝えられています。

巡りポイント

西国三十三カ所の札所本尊である聖観音さまをはじめ絶対秘仏の薬師如来さま、明治時代に発見された等身大の涅槃像など様々な仏さまがおまつりされています。また京都府の名勝に指定されている庭園は、境内の建物を借景としており雄大な景色を楽しむことができます。

ご本尊・薬師如来像

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絶対秘仏のご本尊さま

穴太寺のご本尊は慶雲2年(705)に大伴古麿により安置されたという薬師如来像である。本堂の中央に並ぶ3つの厨子のうち中央の厨子の内部に安置されているという。ご本尊の薬師如来像は絶対秘仏とされ、創建以来御開帳されたことはないという。しかしながら明治時代、岡倉天心とフェノロサを中心に実施された文化財調査の際に扉が開かれたと伝えられている。その際、2体の薬師如来像がおまつりされ、どちらも坐像であったという。

感想■絶対秘仏でありご住職でもそのお姿を拝したことはないとお聞きしました。1300年以上昔から参拝者を見守るお薬師さんの姿は直接拝むことはできませんが、お参りしながらどのようなお姿をされているのか想像の翼を広げました。

秘仏・聖観音菩薩立像

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西国三十三カ所の巡礼者を見守る「身代わり観音」

本堂の内部に3つの厨子のうち、向かって左手の厨子の内部には西国三十三カ所の札所本尊である聖観音菩薩立像がおまつりされている。この聖観音立像には平安時代にこの地域を治めていた宇治宮成との逸話が残る。平安時代、この地方を治める宇治宮成は貪欲であった。その姿を見かねた信心深い妻の勧めにより都から仏師を招き聖観音立像を造立した。宇治宮成はその褒美として自らの愛馬を仏師に贈ったが、愛馬を渡したことを後悔し、都へ帰る仏師を殺害して愛馬を奪ってしまった。その後、家に帰ると体に矢が刺さり血を流す観音立像が宇治宮成を出迎える。その姿に驚いた宇治宮成は仏師に連絡をとると、無事に都に帰り元気にしていたという。このことから聖観音立像は「身代わり観音」と呼ばれ、大いに信仰をあつめた。このことから観音さまの霊場を巡る西国三十三カ所の札所の一つとなっている。また、向かって右側の厨子の内部にはお前立の聖観音立像がおまつりされ、その前には宇治宮成とその妻のお像がおまつりされている。

感想■この観音さまについてお話しいただくときに、ご住職が「仏師を助けただけではなく人を殺害するという行為をした宮成をも助けた仏さま」とお話されていたことが印象深く残っています。観音さまが代わりに矢を受けたことにより、人を殺害したという事実は無くなり、人間としての大事なことを失わずにすんだとお話いただきました。被害を被る側の存在を助けたという逸話は日本全国に多く伝えられていますが、加害側をも助けたということを私たちに伝える穴太寺の観音さまの逸話は非常に新鮮に感じ、この逸話が伝える考え方に考えさせられました。

本堂の天井絵

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華やかな草花の中にユーモアあふれる絵が描かれる

本堂の天井を見上げると、色鮮やかな天井絵が描かれていることに気が付く。この天井画は宝暦2年に狩野幸信という狩野派の絵師により描かれたと伝わる天井絵である。極彩色で描かれている草花のほか、「さるかに合戦」の一場面を描いたものなどユーモアに富んだ絵も描かれている。天井絵の一部には、狩野幸信の名前や絵を依頼した施主の名前が記されている。

感想■極彩色の絵を注意深く見ていくと、可愛らしい鳥の絵やデフォルメされたエビの絵など見ていて飽きませんでした。また、ご住職から教えていただいた「さるかに合戦」の一場面を描いた絵は、一目見て分かるほど物語をあらわしていて、私たちが親しむ物語を江戸時代に生きた人々も同様に楽しんでいたと思うと先人たちのことをより身近に感じました。

釈迦涅槃像

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明治時代に夢のお告げにより発見された仏さま

本堂の右手には、鎌倉時代に造立されたと考えられている釈迦涅槃像がおまつりされている。この釈迦涅槃像はその存在を忘れられていたが、明治29年(1896)、当時の穴太寺住職と孫娘の病気平癒のために穴太寺に通っていた信者の夢にお告げがあり、そのお告げの通り捜索すると本堂の天井裏から発見されたという逸話が残る。その後、この釈迦涅槃像に祈ると孫娘の病気はたちまち快復したことから、自分の悪い部分をなでるとたちまち快復するという信仰が今に伝えられている。現在も釈迦涅槃像には多く寄進がされ、かけられている布団は季節ごとに変えられている。

感想■等身大という釈迦涅槃像の前に進むと、実際にお釈迦さまが目の前にいてその息遣いが聞こえてきそうな感覚を覚えるほどリアルな印象を受けました。たくさんの人々になでられてたことにより、このお像の表面はどこも滑らかになっており、たくさんの人々の心の拠所となっているかを強く感じました。また、実際に仏さまに触れる経験は初めてだったので心に残る瞬間でした。

円応院(京都府登録文化財)と庭園(京都府指定名勝)

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丹波地方随一の建築から眺める美しい庭園

本堂の西方に建つ建物は「円応院」と呼ばれている、江戸時代に穴太寺が再興された延宝5年(1677)に建立された建物である。建物内の欄間や設えには精密な装飾が施され、古さと質の良さで丹波地方を代表する方丈建築の一つとされる。また、建物の南面に広がる庭園は、江戸時代に作庭されたと考えられている庭園で、多宝塔などの境内の建造物を借景として取り入れ、その景色を中心に築山や樹木を配置している。また、多宝塔の方向よりこちら側に向かってくる舟を示す岩が池に配置されるなど細部まで計算されている名庭園である。

感想■縁側に座り庭園を眺めていると、日常の喧騒を忘れのんびりと過ごすことができました。池の水の音や鯉が動く音、鳥のさえずり、木々が風でそよいでいる様子など、これほどまで多様な自然の音に囲まれているのかと気がつきました。また、池の舟の岩など庭園に配置される岩や景色には意味が秘められているとお聞きし、その意味を想像する時間も楽しかったです。

多宝塔(京都府指定文化財)・三十三所観音堂・納札所

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亀岡市唯一の木造塔と巡礼文化が息づく建物

境内の西方には、文化元年(1804)に再建された多宝塔が建てられている。三間の多宝塔で石積みの基壇上に建っている。下重は二軒繁垂木、上重は二軒扇垂木として変化をもたせている。さらに東西南北の四方にそれぞれの方角をつかさどる四神の彫刻がはめられている。内部には須弥壇上に釈迦如来坐像と多宝如来坐像をおまつりしている。亀岡市唯一の木造塔として知られている。多宝塔の右手には、西国札所の全札所の観音さまをおまつりする三十三所観音堂が、そのさらに右手には巡礼の札をおさめる納札所が建てられている。三十三所観音堂にはすべての札所のお砂がおさめられており、この堂をお参りすれば全ての札所を巡ったことと同じ功徳が得られると伝えられている。納札所には古いものでは江戸時代の納札が打ち付けられている。

感想■天高くそびえ立つ多宝塔の姿は非常に美しかったです。左右対称に広がる屋根と上下の屋根のバランスが整っており、しばらくの時間見惚れていました。また、建物を飾る彫刻も繊細で美しかったです。また、観音堂の隣の納札所も印象深く記憶に残っています。巡礼したことを示す木札をこの納札所に打ち付けることから、巡礼を「打つ」と表現するそうです。このことから1番から順番に巡ることを「順打ち」、33番から逆の順に巡ることを「逆打ち」と呼ぶと教えていただきました。現在では文化財保存の観点から木札を打ち付けることは禁止され、私たちが打ち付けられた木札を見る機会はほとんどないそうで、この納札所は実際の巡礼文化を体感することができる貴重な場所であると感じました。

念仏堂(京都府登録文化財)・地蔵堂・宇治宮成墓所

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地域の回向のための建物とひっそりと佇む宮成の墓所

本堂の東方には、念仏堂と呼ばれる宝永2年(1705)に建てられた寄棟造の建物が建てられている。この念仏堂は江戸時代の中興から数えて2代目の禅海により造立されたという念仏道場である。禅海は宗派を問わずこの地域一帯に念仏を広めたため、天台宗以外の地域の人々の回向の場所でもあり、古い位牌が多数おまつりされている。堂内には阿弥陀如来坐像がおまつりされている。この阿弥陀如来坐像は、頭部が鎌倉時代に造立されたと考えられている仏さまである。念仏堂の近くには地蔵菩薩立像をおまつりする地蔵堂と札所本尊である聖観音立像とゆかりのある宇治宮成の墓所が築かれている。

念仏堂は天台宗の人々だけでなく、この地域一帯の人々のための念仏道場であるとご住職からお聞きしました。穴太寺は観音さまの霊場という印象が強かったですが、地域の人々の心の拠所としての側面もあるということを感じました。また、宇治宮成の墓所はひっそりと佇んでおり、逸話では欲望に忠実であったと紹介される宇治宮成の印象とは異なっており、観音さまとの関わりにより心を入れ替えた宇治宮成の姿が思い起こされました。

仁王門・鐘楼・鎮守堂(京都府登録文化財)

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絵巻に描かれた雄大な門の遺風を感じさせる

穴太寺の入口に立つ仁王門は三間一戸の八脚門である。建物の様式より17世紀中期頃の建立と考えられているが、柱には改造された痕跡が多数残されており、延宝4年(1676)に狩野永納が描いた縁起絵巻にある楼門の部材を再利用して建てられたのではないかと推測されている。また、付近には宝暦9年(1759)に建立された鐘楼や菅原道真公をまつる鎮守社と稲荷社が建てられている。

ご住職より、昔の門を再利用して建てられている門が現在の仁王門とお聞きし驚きました。円応院には狩野永納が描いた縁起絵巻を模写した襖絵が飾られており、そこには上層部分のある楼門形式の雄大な門が描かれていました。江戸期の復興により建てられたという門の規模に圧倒されるとともに、再利用でも立派な建物を建てることのできる技術力に驚きました。また、穴太寺の寺紋は鎮守社に菅原道真公をおまつりすることから梅鉢紋を採用しているとお聞きし、神と仏が身近である神仏習合の文化が今も伝えられていることが印象深く記憶に残っています。

report

学生レポート

立命館大学生命科学研究科3年

今回の訪問では、西国札所の札所本尊である観音さまと宇治宮成との逸話や涅槃像と人々との発見の逸話に代表される仏さまと人々との関わりに関するお話が心に残っています。観音さまと宇治宮成のお話では、観音さまが矢で射られた仏師だけでなく人を殺めようとした宇治宮成も救ったとご住職から教えていただき、ただ単に宇治宮成を悪者にするのではなく、過ちを犯した人も含めて救うという考えが伝えられていることに感銘を受けました。また、江戸から明治に時代が劇的に変わりながらも明治時代に涅槃像が発見されたというお話を伺い、時代が変わっても穴太寺の仏さまと人々との間にあつい繋がりが伝えられていることに感動しました。

history

ご由緒

慶雲2年(705)、文武天皇の勅願により大伴古麿が薬師如来像を本尊として開いたという。平安時代には、お寺がある地域の郡司である宇治宮成により聖観音菩薩が安置され、聖観音像と宇治宮成との逸話により『身代わり観音』として大いに信仰を集めた。近畿一帯に広がる観音霊場である西国三十三カ所の第21番札所として多くの参拝者が訪れる。

info

参拝情報

名称
菩提山 穴太寺
(ぼだいさん あなおじ)
所在地
京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻46
googleMAP
参拝時間
8:00~17:00
拝観料
■本堂拝観料:300円
■庭園拝観料:300円
■共通拝観料:500円
宗派
天台宗
御本尊
薬師如来
宝物殿
アクセス
JR亀岡駅下車 京阪京都交通バス 京都先端科学大学行(60系統)に乗車後、『穴太口』バス停下車。その後徒歩10分。
駐車場
有り

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