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1200体もの羅漢像が参拝者を見守る

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おたぎねんぶつじ

愛宕念仏寺

京都府京都市右京区

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多くの観光客でにぎわう嵐山から近い愛宕山の山麓に位置する愛宕念仏寺。嵐山から近くではあるものの、喧騒から離れ、静かで落ち着いた空間が広がっています。境内にある個性あふれる羅漢の特別な風景や創作性の高さから、海外から多くの参拝者が訪れるため「日本一有名な隠れ寺」とも呼ばれています。

巡りポイント

愛宕念仏寺は、1200躰もの羅漢像が迎えてくれる寺院です。羅漢像はそれぞれ異なる人々の想いが込められ造られております。羅漢像に囲まれ、祈りの空間に入ると、静かで落ち着いた気持ちになります。

本堂(国指定重要文化財)

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緻密な格天井に彩られる鎌倉時代の名建築

愛宕念仏寺の本堂は、鎌倉時代中・後期に建立されたと考えられている建物である。桁行五間・梁間五間の建物で入母屋造、本瓦葺の建物である。内部は外陣と内陣に区切られ、外陣の天井は小組格天井、内陣は折上小組格天井となっている。中央には御本尊・千手観音立像をまつる須弥壇が設置され、その左右に千手観音の眷属である二十八部衆立像がまつられる脇壇が設置されている。もともと東山松原通の地に建てられていたが大正11年に堂宇の保存のために現在地に移築された。国指定重要文化財。

感想■建物内部の格天井の繊細さに息をのみました。この格天井はかなり繊細で技術の必要な様式であると思えるのに、御本尊の美しい姿を損ねず調和をして御本尊の美しい姿をさらに輝かせているように感じました。規則正しく細い部材を組み合わせている格天井の部分に、当時の職人がどれほど手間と時間をかけて創り出したのか興味を持つとともに、どのようにして仏さまの空間を創り出すのか、当時の職人たちの息遣いが感じられました。

本尊 千手観音菩薩立像

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左右で表情の異なる「慈面悲面の千手観音」

鎌倉時代の千手観音菩薩立像である。「千観内供」によって祀られた「厄除千手観音」という信仰を継承している。千手観音の腕は前で合掌している手と鉄鉢を持っている手の4本しか残っていなかったが、西村公朝により修復が行われ現在の姿となっている。この像は左右で表情が異なっている。これは観音様の慈悲の心を左右に分けて表しているのだと考えら、「慈面悲面の千手観音」と名付けられている。

感想■左右の表情が違うと伺いみてみると、確かに左右で表情が異なっており、製作者がこの両面を意識して表現していることに驚きました。慈悲の姿をこの繊細な表情の違いにより、表現することのできた仏師の腕のすごさに感銘を受けました。

羅漢像

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多くの人々の思いが込められた1200躰の羅漢さま

石造羅漢像は、昭和56年からお寺の再興を祈願して造られた。一般の参拝者が自らの手で彫ったもので、それぞれ異なったポーズをした個性豊かな羅漢像である。釈迦の涅槃のときに立ち会った羅漢の数とされる五百羅漢像を造ることから始まった。多くの発願者が集まったことから、釈迦の涅槃から百年後に700人の羅漢が再度結集し、教えを正しく伝えるための勉強会を開いたという古事にちなみ、五百羅漢に加えて第二結集の七百羅漢が追加され千二百羅漢となった。

感想■参拝に来られた方々を迎えてくれる1200躰もの羅漢像が、口コミによって参加したいと集まった人々によってできたものであると聞き驚きました。これだけ多くのものができていることに、この羅漢像の製作がそれだけ人々の心を動かすものであったのだと感じるとともに、多くの人々の想いが込められている場であるのだと感じました。作者が異なっていることから、それぞれの羅漢像に個性があり、みて回るだけでも面白かったです。

二十八部衆立像

  • 二十八部衆立像
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ダイナミックな動きが特徴的な鎌倉期を代表する二十八部衆像

左右の脇壇には、御本尊・千手観音立像の眷属である二十八部衆立像がおまつりされている。それぞれ、前後に二材を矧ぐ寄木造で造立されており、目には玉眼を使用している。ダイナミックに動きがありつつも破綻のない姿勢や的確に彫刻されている衣や鎧の表現などから13世紀前半頃に造立されたと考えられている。全国的に見ても鎌倉時代に造立された二十八部衆立像は現存しておらず、愛宕念仏寺がいかに千手観音信仰の篤い寺院であるかを今に伝えている。

感想■二十八部衆立像のそれぞれのダイナミックな動きやその表情に感動しました。腰をひねり、腕を持ち上げ、大きく動いているように見えつつもその姿勢を維持する『溜め』の時間も感じられました。まさに、静と動の極致を感じた気持ちになりました。表情に着目してみると、眉間にしわを寄せる厳しいお顔の像もあれば、親しみやすいどこかユーモラスな像もあり、見ていて飽きる事がありませんでした。時間が許す限り、こちらの二十八部衆立像の前で二十八部衆立像と時間を共有したいという気持ちを抱きました。

地蔵菩薩坐像

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平安時代から京の都を守ってきたと伝わる火除けの地蔵菩薩

平安時代前期の地蔵菩薩坐像である。堂々とした体躯で厚みと張りのある肉付きのある像である。愛宕念仏寺に安置される他の像と同じく、西村公朝によって修復が行われているとされる。

あたごの本地仏が地蔵菩薩であり、古来より火難除けとして霊験あらたかな「火之要慎」の札で知られる。

感想■平安時代に造られた地蔵菩薩坐像。小さい像ながらも量感にあふれ、包み込むような優しさも感じられるお像であるように感じました。このような優しさによって京都を包み込み、火除けを担ってきたのだと思いました。

梵天立像

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平安時代前期までさかのぼる梵天像

平安時代9~10世紀の梵天立像である。この像は甲をつけるが、梵天像としては珍しいことに加え、左手で宝珠を持っていることからも他の尊格としての信仰があった可能性がある。

感想■本堂の中にまつられているお像の中に紛れるように、平安時代前期のお像があり、このお寺の歴史の深さを物語っているようでした。太腿付近が太い量感のある表現や甲を着ける着装からは少し厳つさも感じるが、口角を上げてほほ笑む姿からは優しく迎えてくれているように感じました。

report

学生レポート

奈良大学文学部文化財学科4年

ご住職にお寺の案内をしていただいた中で、羅漢さまたちが皆さん笑顔で見ていてこちらも笑顔になるようでした。清水寺の近くから移り、台風の被害や無住の期間後の荒廃した状況から再興をさせていくのはとても大変なことで、多くの苦労が伴ったことであると思います。これだけの羅漢さまを造りたいという人々が集まったのは、先代の西村公朝さんたちが明るく迎えていたからであり、現在にまで人々の集まる寺院となっているように思いました。

history

ご由緒

奈良時代・天平神護二年(766)に、聖武天皇の娘の称徳天皇によって現在の東山松原通の地に寺が建立される。当時はこの地を、山城国愛宕郡(おたぎごおり)と呼ばれたため、愛宕寺と名付けられた。平安時代になって醍醐天皇の御代のころ、鴨川の洪水で全て流れて廃寺となり、後にその復興を天台宗の僧、千観内供(せんかんないぐ)(918~984)が命じられた。千観は生涯念仏を絶やすことがなかったということから「念仏上人」と称され、寺の名前も後に愛宕念仏寺と言われるようになる。千観は自ら一刀三十三礼をして本尊を彫ったと伝えられており「厄除千手観音」の名で厚く信仰されてきた。戦時中に無住寺となり、昭和25年の台風災害により境内・堂宇・仏像等が多大な被害を受けたことで廃寺となったが、昭和30年に仏像彫刻家西村公朝(1915-2003)が住職を拝命してから再興され、京都一の荒れ寺の復興が始まった。昭和55年より10年間、山門の解体復元修理をはじめ、境内全域の本格的な復興事業が行われた。この時、寺門興隆を祈念して境内を羅漢(お釈迦様の弟子たち)の石像で充満させたいと羅漢像造立を発願し、これに賛同した一般の参拝者自らの手によって彫られた、千二百躰の羅漢像が表情豊かに並び、訪れる人々の心を和ませてくれる「癒しの寺」として親しまれている。

info

参拝情報

名称
等覚山愛宕念仏寺
(とうかくざんおたぎねんぶつじ)
所在地
京都府京都市右京区嵯峨鳥居本深谷町2-5
googleMAP
拝観時間
拝観受付時間 9:00~16:15
休日:毎週水曜日・休山日
祝日の場合は翌日の木曜日がお休みとなります。

【お問合せ電話番号】075-285-1549
拝観料
500円(小中学生無料)
宗派
天台宗
御本尊
千手観音
宝物殿
アクセス
■京都バス 清滝行き「愛宕寺前」下車
■阪急嵐山駅から嵐電嵐山駅経由で約25分 大人230円
駐車場
あり(10台分)
Webサイト
https://www.otagiji.com/

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