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ご由緒
江戸時代、岡山藩主・池田家の祈祷寺として岡山城内に創建されたという。その後、和気町などに場を移し、1919(大正8)年に現在の地に移転した。戦後初めて千日回峰行を満行した天台宗の高僧・葉上照澄(はがみ しょうちょう)大阿闇梨が住職をしていたことでも知られ、現在、地域一丸となっての復興が続いている。
高僧の思いを胸に復興が続く
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じょうじゅうじ
岡山県岡山市中区
岡山藩主・池田家の祈願寺であった常住寺の境内は復興が続いています。新たな魅力が生まれ続ける常住寺の境内を巡ってみましょう。
良質なケヤキが使われている本堂は、入母屋造本瓦葺の堂々たる姿をしている。池田家の祈祷寺にふさわしい精緻な彫刻に彩られ、大棟の両端には菊の紋章のある鬼瓦、斗拱間の中備に鶴・亀などの彫刻を入れた蟇股がある。正面中央の蟇股には、池田家の裏紋と呼ばれる竜胆の彫刻が入っている。堂内には、「叩き彫り」という手法で造立した仏像を1000体、小さなサイズのお像を1000体、合計2000体の仏像を安置している。現在の地には1919年に移築されてきたという。
本堂の移築100年を記念した建立された。堂内に入ると、堂内三方の壁面に仏様が立ち並ぶ光景が広がる。3000の仏の前ですべての仏の名前が含まれたお経を唱えながら祈りを繰り返す、「三千仏礼拝行」という行があるが、実際に3000体の仏像が一堂に会する場所はほとんどないという。そこで、お像を3000体造立して安置するお堂の建立を考えたという。三千佛堂がある場所は、かつて観音堂・お稲荷さん・山王社があった場所のため、過去・現在・未来の三体仏である釈迦如来・薬師如来・阿弥陀如来の他に、観音、狐、猿の像をまつる。
表門をくぐると参道脇に、常住寺の住職であった葉上照澄大阿闍梨の顕彰碑が建立されている。葉上照澄大阿闍梨は岡山県和気町出身で東京大学進学を経て仏道へ入り、戦後初めて千日回峰行を達成された方。世界の宗教指導者が集う「比叡山宗教サミット」の実現にも尽力された天台宗にとって偉大な方だそう。その功績や教えを広めるために、顕彰碑を建立し、天台宗に限らず交流のあった様々な宗教の方々にメッセージを依頼したという。そのメッセージをもとに顕彰碑が建てられ、葉上氏のお寺を絶やしてはいけないという精神が常住寺の復興の基盤となっているそう。
学生レポート

立命館大学生命科学研究科1年
ご由緒
江戸時代、岡山藩主・池田家の祈祷寺として岡山城内に創建されたという。その後、和気町などに場を移し、1919(大正8)年に現在の地に移転した。戦後初めて千日回峰行を満行した天台宗の高僧・葉上照澄(はがみ しょうちょう)大阿闇梨が住職をしていたことでも知られ、現在、地域一丸となっての復興が続いている。
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