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伝教大師が造立した霊験ある不動明王様をおまつりする

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ちょうじゅじ

長寿寺(木原不動尊)

熊本県熊本市南区

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熊本市の南にそびえる木原山の麓に1200年以上の歴史を誇る名刹・長寿寺が伽藍を構えています。伝教大師最澄が不動明王の尊像をまつったことから始まる長寿寺は、木原不動尊(きわらふどうそん)と人々に呼ばれ親しまれています。毎年2月28日には春季大祭が行われ、修験者による勇壮な火渡りが熊本に春の訪れを告げます。

巡りポイント

長寿寺(木原不動尊)の御本尊様は、伝教大師が造立したと伝えられている不動明王様。1200年以上の由緒を伝えていることから、『日本三大不動尊』の一つと呼ばれています。また、源為朝公が城塞を築いたと伝わる木原山には奥之院が建ち、5体の仏様が地域の人々を見守っています。

秘仏御本尊・木造不動明王立像 ※毎月28日に御開扉

  • 秘仏御本尊・木造不動明王立像 ※毎月28日に御開扉
    本堂内陣
  • 秘仏御本尊・木造不動明王立像 ※毎月28日に御開扉
    お前立・不動明王立像
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伝教大師が造立した『水引不動尊』

長寿寺の御本尊は伝教大師が一刀三礼のもと造立したと伝えられている不動明王様。胎内には、伝教大師直筆の紺紙金泥の法華経寿量品が納められているという。

 

当地が大旱魃に見舞われたとき、地域の住民たちが雨乞いを祈願したところ念願の雨が降り、御本尊様の御足に泥土が付き濡れていたという。このことから『水引不動尊』と呼ばれ地域の方々から信仰を集めている。

 

通常は秘仏としておまつりされているが、毎月28日に御開扉される。28日には朝の5時に御開扉され、午前10時に護摩祈願が修法される。

感想■地域の方々の祈りを受け止め、愛されている御本尊様のお話しを伺いました。訪問している間もご参拝の方々が絶えずお参りされており、1200年間通じて親しまれている御本尊様の祈りの歴史を強く感じました。

本堂

  • 本堂
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    四国八十八カ所巡礼の仏様
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地域の方々の祈りに満ちる

長寿寺の御本尊をまつる本堂は、大正15年(1926)に再建された建物である。

 

鎌倉時代の文治年間には源頼朝公が諸堂を寄進し、長寿寺は『西国一の談議所』として隆盛したと伝えられている。戦国時代に小西行長による寺領が没収されてしまうが、加藤清正公の時代に再興され諸堂が整備されたと伝えられ、元禄15年(1702)には圓入という僧侶により堂塔伽藍の修造が行われた。

 

明治時代になると廃仏毀釈運動の影響により廃寺となってしまうが、地域の方々の尽力により明治25年(1892)に再興の許可を得て、大正11年(1922)に本堂の再建が始まり、現在の本堂が建立された。

 

堂内中央には、秘仏御本尊である不動明王様をおまつりし、向かって左側にお前立の不動明王様をおまつりしている。また、向かって右側の壇の厨子には、1つの岩山上に小さな四国八十八カ所の仏様をおまつりしている。

感想■木原不動尊の激動の歴史を伺い、現在の本堂が地域の方々の熱意によって建立されたことを教えていただきました。本堂の内部に入りお参りしていると雄大さと穏やかさが共存しているように感じられ、地域の方々の木原不動尊に対する誇りと想いに満たされている心地を抱きました。

山門(仁王門)

  • 山門(仁王門)
  • 山門(仁王門)
  • 山門(仁王門)
  • 山門(仁王門)
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お参りの方々に親しまれる仁王様をまつる

長寿寺の入口に建つ山門(仁王門)には、口を開けている阿形と口を閉じている吽形から構成される仁王像がまつられている。仁王(金剛力士)像は江戸時代に造立された仏様であると考えられている。

 

どちらも参道の内側を向き、三本の指を伸ばす印を結んでいる点が珍しいという。お相撲さんのようなぷっくりとした良い体格をされている点が特徴的な仏様である。

感想■勇ましくもどこか愛らしいそのお姿が印象的でした。長寿寺にお参りする方を見守り続けるその眼差しに長寿寺の歴史を紡ぐ誇りを感じました。

観音堂・伝教大師堂・鐘楼堂

  • 観音堂・伝教大師堂・鐘楼堂
    観音堂 堂内
  • 観音堂・伝教大師堂・鐘楼堂
    十一面観音菩薩坐像
  • 観音堂・伝教大師堂・鐘楼堂
    十一面観音菩薩立像
  • 観音堂・伝教大師堂・鐘楼堂
    源為朝公像
  • 観音堂・伝教大師堂・鐘楼堂
    伝教大師坐像
  • 観音堂・伝教大師堂・鐘楼堂
    伝教大師坐像
  • 観音堂・伝教大師堂・鐘楼堂
    鐘楼堂
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長寿寺と縁深い伝教大師と源為朝公をまつる

山門をくぐり右手側には鐘楼堂・観音堂・伝教大師堂が並んで建つ。鐘楼堂には梵鐘が吊るされ、その音色が地域の方々に親しまれている。

 

鐘楼堂の隣には、観音堂が建てられている。観音堂は昭和4年(1929)に落慶された建物で、中央と左側に十一面観音様を、右側に源為朝公像をおまつりしている。

 

中央におまつりしている十一面観音様は坐像で、近年の修復の際に『寛延12年』の銘文が残されていることが判明したが、寛延は4年までであるので謎が深まっている。向かって左側におまつりされている十一面観音様は立像のお姿である。

 

向かって右側におまつりされている源為朝公は、平安時代の終わり頃に木原山に城塞を築き、その城塞から北東の鬼門の方角にある長寿寺の御本尊様を篤く信仰したと伝えられている。また、弓の名手で名をはせた為朝公は木原山に近づいた雁(がん)を弓で射ていたそう。すると雁が木原山を迂回して飛ぶようになったため、木原山は『雁回山』と呼ばれるようになり、長寿寺の山号も『雁回山』となったと伝えられている。

 

観音堂の近くには、石造の伝教大師坐像をおまつりする伝教大師堂が建てられている。近年お堂の修理が行われ台座が高くなり、かがむように近づくことでお顔を拝むことができる。伝教大師とご参拝の皆さんの距離の近さを感じられるお堂である。

感想■為朝公と木原不動尊の逸話が約1000年の時を越えて伝えられていることに感動しました。また、ご参拝の皆さんに最澄様により近づいてお参りしていただきたいと穏やかに語るお坊様のお話しが印象的で、伝教大師に対する皆様の想いを強く感じるお堂でした。

宝篋印塔

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人々の安寧のために豪潮律師が建立した石塔

本堂の近くに建つ宝篋印塔は、文化7年(1810)に高僧として著名であった豪潮律師によって建立された。

 

人々の安寧のため、豪潮律師は日本各地を巡り、八万四千ほどの宝篋印塔を建立したという。長寿寺に建立された宝篋印塔はその1つである。

感想■青空のもと天高くそびえ立つ宝篋印塔の姿からは、心の拠り所となるような安心感を感じました。世の安寧を願い日本各地に宝篋印塔を建立した豪潮律師の祈りの強さも感じました。

奥之院

  • 奥之院
  • 奥之院
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    阿弥陀如来坐像
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    観音菩薩立像
  • 奥之院
    勢至菩薩立像
  • 奥之院
    毘沙門天立像
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    不動明王立像
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5体の仏様が木原を見守る

為朝公が城塞を築いた木原山には長寿寺の奥之院が建てられている。

 

奥之院の堂内には、阿弥陀如来様を中心に観音菩薩様や勢至菩薩様、不動明王様、毘沙門天様がおまつりされている。これらの5体の仏様は、木原山の麓に伽藍を構えていた円福寺におまつりされていた仏様であるという。円福寺は木原山に数多く建立された寺院の一つであったが、廃寺同様な姿に荒れてしまったことから仏様を木原山山中にお移しし、長寿寺の奥之院としておまつりしているという。

 

地域の方々が定期的にお参りに来られて、奥之院を整備されており、地域の方々の想いにあふれる場所である。

感想■1年に1度、地域の方々が奥之院に集い、ご先祖様の御供養と御祈願のための法要が執り行われる日に奥之院をお参りさせていただきました。奥之院にお参りされる皆様が抱く地域を大切に想う気持ちが素敵で、皆様と過ごした穏やかな時間が印象深く心に残っています。

木原不動尊の春季大祭

  • 木原不動尊の春季大祭
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熊本に春を告げる勇壮な大祭

毎年2月28日に執り行われている木原不動尊の春季大祭は、熊本に春の訪れを告げる大祭として、当日には多くのお参りの方々が長寿寺を訪れる。午前と午後の2座あり、周囲には露店が並び地域が賑わう一日となる。

 

春季大祭では、お参りの方々の無病息災や厄除け祈願のために、本堂内で護摩が修されるだけでなく、行者さんたちにより境内で採灯大護摩供が修され、火渡りや湯立てという荒行が行われる。

 

長寿寺の採灯大護摩供では、大きな3本の柱を組み合わせ、その上に釜を乗せ、火渡りでその釜の下を行者さんや僧侶の方々、お参りの方々が歩く点が特徴である。

感想■燃え上がる火の中を歩く写真を見せていただき、その迫力に圧倒されました。無病息災を祈る春季大祭の際にいつかお参りしたいです。

report

学生レポート

立命館大学 博士課程

今回の訪問では、私たちの訪問している間、絶えずお参りの方が訪れていることが印象深く心に残っています。お聞きすると、毎月決まった日にお参りに来られる方もいれば、毎日お参りに来られる方もいらっしゃるそうで、長寿寺が地域の方々をはじめ皆様の心の拠所となっているのだと強く感じました。

伝教大師が御本尊・不動明王様を造立し、当地におまつりして以来約1200年間の年月の中で育まれた長寿寺とお参りに来られる方々との交流が積み重なり、『また訪れたい』と思える穏やかで安心感のある長寿寺の空気が醸成されているのだと感じました。

history

ご由緒

平安時代の延暦年間、当地を訪れた伝教大師最澄が一刀三礼のもと不動明王像を造立し胎内に直筆の紺紙金泥の法華経寿量品を納め、安置したことに始まると伝えられている。ある時、伝教大師が造立した御本尊様が旱魃に苦しむ人々を救ったことから『水引不動尊』と呼ばれ親しまれている。

 

平安時代の終わりごろには、長寿寺の近くにそびえ立つ木原山に源為朝公が城塞を築いたと伝えられており、為朝公は長寿寺の御本尊様を篤く信仰したと伝えられている。また、弓の名手として知られていた為朝公が木原山の周囲を飛ぶ鳥をたびたび射たため鳥が木原山を迂回するようになったことから、木原山は『雁回山』と呼ばれ、長寿寺の山号となっている。

 

中世には源頼朝公や地元領主の信仰を集めるが、戦国時代にキリシタン大名である小西行長公により寺領が没収されてしまう憂目にあう。しかしながら、江戸時代に復興され隆盛した。

 

その後、明治時代の廃仏毀釈運動による影響を受け無住となってしまうが、地域の人々により大正時代に復興され、今日までたくさんの人々の祈りを受け止め続けている。

info

参拝情報

名称
雁回山 長寿寺
(がんかいざん ちょうじゅじ)
所在地
熊本県熊本市南区富合町木原2040番地
googleMAP
参拝時間
7:00~17:00
拝観料
無料
宗派
天台宗
御本尊
不動明王
宝物殿
なし
アクセス
■公共交通機関
JR鹿児島本線『宇土』駅から熊本バス城南行きに乗車約10分。『木原不動尊前』バス停下車後すぐ。

■車
九州自動車道松橋ICまたは御船ICから約15分
※大祭の際は周辺道路が一方通行となります。
駐車場
あり(境内約50台、大祭時にはその他100台)
Webサイト
https://www.kiharafudo.com/
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