福城寺の御本尊である十一面観音様は、カヤ材の一木造で内刳を施さない一木造、平安時代前期頃に造立された仏様で、熊本県では最古級の仏様と考えられている。通常の十一面観音様とは異なる唐福を身にまとう姿をされていることから、もともと吉祥天様として造立されたお像で、後の時代に頭上にお顔を乗せて十一面観音様としておまつりされたお像であると考えられている。
明治時代、福城寺の本堂が焼失した際に阿蘇から移された仏様であると伝えられている。
平安時代の肥後国における吉祥天様に対する信仰(吉祥悔過)との関係や十一面観音様を本地仏とする阿蘇神社の主祭神・健磐龍命(たけいわたつのみこと)に対する信仰を推測させる仏様であるとして、令和7年(2025)に熊本県の文化財に指定された。両脇には、脇侍である不動明王様と毘沙門天様がまつられている。
御本尊様の左右には鉾が立てかけられている。これは、数百年間伝えられてきた鉾まつり(毎年7月18日)の際に使用される鉾で、鉾まつりには福城寺に関係する逸話が伝えられている。
むかしむかし、現在の甲佐町で悪さをする大ウナギや亀がいたのだそう。 その悪さに村人たちが困っていたところ、福城寺の観音様が悪さをする大ウナギや亀を退治してくださったのだとか。 そして、退治していただいたことへの御礼として鉾まつりが始められたと伝えられ、鉾祭り当日には1対の鉾が福城寺の観音様の身代わりとして甲佐町を巡り、それぞれの場所でお経が唱えられるという。
感想■吉祥天様から十一面観音様へとお姿が変わったという歴史に興味を抱きました。お姿が変わっても、人々の祈りを受け止めてこられた祈りの歴史に感動するとともに、御本尊様の穏やかな微笑みに癒されました。