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樹齢千年の大銀杏とともに歴史を歩む古刹

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ふくじょうじ

福城寺

熊本県下益城郡美里町

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その美しい姿から『甲佐富士』と呼ばれ親しまれる甲佐岳の八合目に、1200年以上の歴史を誇る古刹・福城寺が伽藍を構えています。古来より山岳修行の行場として、また神々がおわす神聖な山として多くの修行者が集った甲佐岳の歴史を表すように、福城寺には多様な信仰を紡ぐ様々な仏様がおまつりされています。また、境内には樹齢数百年を越える大木が多く育ち、中でも日本でもトップクラスの大きさを誇り樹齢が1000年以上とも言われる大銀杏は、多くの人々の心を動かしています。

巡りポイント

福城寺の境内を巡ると1200年以上の歴史を繋いできた先人たちの息遣いに触れることができます。吉祥天様からお姿を変えた御本尊・十一面観音様や凛々しい釈迦如来様、勇ましいお姿の馬頭観音様。それぞれの仏様には個性があり、多様な人々の心の拠り所であるということを感じさせます。そして、1000年以上もの間、福城寺とともに歴史を紡いできた大銀杏。私たちを優しく、そして力強く包み込むような圧倒的な大きさに心が引かれます。

御本尊・木造十一面観音菩薩立像(熊本県指定文化財)

  • 御本尊・木造十一面観音菩薩立像(熊本県指定文化財)
    御本尊・十一面観音立像
  • 御本尊・木造十一面観音菩薩立像(熊本県指定文化財)
    御本尊・十一面観音立像
  • 御本尊・木造十一面観音菩薩立像(熊本県指定文化財)
    御本尊・十一面観音立像
  • 御本尊・木造十一面観音菩薩立像(熊本県指定文化財)
    不動明王立像
  • 御本尊・木造十一面観音菩薩立像(熊本県指定文化財)
    毘沙門天立像
  • 御本尊・木造十一面観音菩薩立像(熊本県指定文化財)
    鉾まつりで観音様の御身代わりとして用いられる1対の鉾
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吉祥天様から十一面観音様へ姿を変えた熊本県下最古級の仏様

福城寺の御本尊である十一面観音様は、カヤ材の一木造で内刳を施さない一木造、平安時代前期頃に造立された仏様で、熊本県では最古級の仏様と考えられている。通常の十一面観音様とは異なる唐福を身にまとう姿をされていることから、もともと吉祥天様として造立されたお像で、後の時代に頭上にお顔を乗せて十一面観音様としておまつりされたお像であると考えられている。

 

明治時代、福城寺の本堂が焼失した際に阿蘇から移された仏様であると伝えられている。

 

平安時代の肥後国における吉祥天様に対する信仰(吉祥悔過)との関係や十一面観音様を本地仏とする阿蘇神社の主祭神・健磐龍命(たけいわたつのみこと)に対する信仰を推測させる仏様であるとして、令和7年(2025)に熊本県の文化財に指定された。両脇には、脇侍である不動明王様と毘沙門天様がまつられている。

 

御本尊様の左右には鉾が立てかけられている。これは、数百年間伝えられてきた鉾まつり(毎年7月18日)の際に使用される鉾で、鉾まつりには福城寺に関係する逸話が伝えられている。

 

むかしむかし、現在の甲佐町で悪さをする大ウナギや亀がいたのだそう。 その悪さに村人たちが困っていたところ、福城寺の観音様が悪さをする大ウナギや亀を退治してくださったのだとか。 そして、退治していただいたことへの御礼として鉾まつりが始められたと伝えられ、鉾祭り当日には1対の鉾が福城寺の観音様の身代わりとして甲佐町を巡り、それぞれの場所でお経が唱えられるという。

感想■吉祥天様から十一面観音様へとお姿が変わったという歴史に興味を抱きました。お姿が変わっても、人々の祈りを受け止めてこられた祈りの歴史に感動するとともに、御本尊様の穏やかな微笑みに癒されました。

秘仏・木造釈迦如来立像(国指定重要文化財)※毎年1月18日の初観音大祭で御開扉

  • 秘仏・木造釈迦如来立像(国指定重要文化財)※毎年1月18日の初観音大祭で御開扉
  • 秘仏・木造釈迦如来立像(国指定重要文化財)※毎年1月18日の初観音大祭で御開扉
  • 秘仏・木造釈迦如来立像(国指定重要文化財)※毎年1月18日の初観音大祭で御開扉
  • 秘仏・木造釈迦如来立像(国指定重要文化財)※毎年1月18日の初観音大祭で御開扉
  • 秘仏・木造釈迦如来立像(国指定重要文化財)※毎年1月18日の初観音大祭で御開扉
  • 秘仏・木造釈迦如来立像(国指定重要文化財)※毎年1月18日の初観音大祭で御開扉
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恵心僧都の造立と伝わる凛々しいお釈迦様

本堂におまつりされている釈迦如来様は、檜材を用いた寄木造の仏様で鎌倉時代に造立されたと考えられている仏様である。彫刻様式から慶派に連なる仏師による造立とも推測されている。衣の部分には造立当初に施されたと考えられている装飾が残されている。

 

寺伝では、平安時代の終わりに浄土教思想を体系化した恵心僧都源信の造立と伝えられている。秘仏としておまつりされており、1年に1度、1月18日に執り行われる初観音大祭の際に御開扉される。

感想■光に照らされたお釈迦様の凛々しいお姿に心が動かされました。少し目じりを上げ、口元をきゅっとしめるお顔からは、決意に満ちた力強さを感じられ、お釈迦様の前に立つと元気をもらえるような心地がしました。また、衣の部分を詳しく見てみると繊細な装飾が残されており、その美しさに息をのみました。

本堂(美里町指定文化財)

  • 本堂(美里町指定文化財)
  • 本堂(美里町指定文化財)
  • 本堂(美里町指定文化財)
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生き生きとした彫刻が人々を見守る

現在の本堂は、明治時代の火災の後に再建された建物。焼失以前の本堂は茅葺の小さな建物であったと伝えられている。堂内は石製の床の上に設置された木製の壇上に外陣と内陣が設けられるという珍しい構造をしている。本堂入口部分には、生き生きとした龍の彫刻や獅子の彫刻が本堂を飾り、お参りに訪れる人々を楽しませている。

感想■堂内に入ってから階段を登って仏様にお参りするという経験は初めてでした。仏堂だけでなく神社の社殿の雰囲気も感じさせる堂内空間の中でお参りしていると、甲佐岳を中心に育まれた1200年以上の山岳信仰の祈りの歴史を体感しているような心地になりました。

仁王門・鐘楼

  • 仁王門・鐘楼
    仁王門
  • 仁王門・鐘楼
    仁王像(吽形像)
  • 仁王門・鐘楼
    仁王像(阿形像)
  • 仁王門・鐘楼
    鐘楼
  • 仁王門・鐘楼
    梵鐘
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ご縁のある方々の想いがこもる

福城寺の入口に建つ仁王門は、甲佐岳が平成11年に開催された熊本国体の山岳競技の会場となったことを記念して、平成9年3月に地域の方々や福城寺にご縁のある方がの寄付により改築された建物。門の左右には、阿形と吽形の仁王様がおまつりされている。以前は、濡らした紙を仁王様に貼り付けて無病息災を祈る習わしがあったという。 仁王門の近くに建つ鐘楼は、平成5年3月に完成した建物。毎日決まった時間に鐘が鳴らされ、地域の人々の時報となっていたという。しかしながら太平洋戦争の際の金属供出により以前の梵鐘は失われてしまった。失われてしまってから約50年後、子供の頃に聞きなじんだ福城寺の鐘の音が失われてしまったことを嘆いた方により梵鐘が寄進され、この寄進にあわせて鐘楼も往時の姿に蘇った。

感想■福城寺とご縁のある方々の想いが重なり往時の姿が蘇った仁王門や鐘楼。穏やかな秋空のもとに立つこれらの建物の前でのご住職との語らいの中で、福城寺の1200年以上の歴史が地域の方々の想いや願いによって形づくられていることを強く感じました。

木造馬頭観音立像(美里町指定文化財)・馬頭観音堂

  • 木造馬頭観音立像(美里町指定文化財)・馬頭観音堂
    馬頭観音立像
  • 木造馬頭観音立像(美里町指定文化財)・馬頭観音堂
    馬頭観音立像
  • 木造馬頭観音立像(美里町指定文化財)・馬頭観音堂
    馬頭観音立像
  • 木造馬頭観音立像(美里町指定文化財)・馬頭観音堂
    馬頭観音立像
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小学校の校歌にも登場する勇ましい馬頭観音様

福城寺の馬頭観音様は、古来より近隣の農業を営む方々や畜産業を営む方々の信仰を集めている仏様である。福城寺の周辺地域では農業や畜産が盛んで牛や馬などが身近な存在であったという。以前は毎年1月18日に行われる初観音大祭の際に、人々は標高700メートルを超える山上にある福城寺まで田を耕す牛や馬を連れてお参りしていた。地元の小学校の校歌には、『馬頭観音の名を高き、亀甲の山を・・・』と登場するほど親しまれており、現在も初観音大祭の際には多くの人々が参拝に訪れる。

感想■筋骨隆々で勇ましい馬頭観音様の姿に心惹かれました。馬頭観音様の姿からは、厳しくも恵みをもたらす豊かな自然と共存し、牛や馬とともに暮らしてきた当地の人々の力強い姿が感じられました。

山王堂・足手荒神(あしてこうじん)

  • 山王堂・足手荒神(あしてこうじん)
    山王堂
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    足手荒神
  • 山王堂・足手荒神(あしてこうじん)
    足手荒神
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甲佐岳におわす山の神々と手足の治癒の祈りを受け止める神様

本堂へ続く参道沿いには山王堂と足手荒神がある。山王堂には甲佐岳におわすという6柱の男神や女神をまつる。毎年4月の申の日には祈願祭が執り行われるという。 山王堂の背後には、足手荒神と呼ばれ信仰を集める石塔がおまつりされている。福城寺の足手荒神には、石塔を四方から一度ずつおまいりして手足の健康を祈る習わしがあるという。

感想■かつて甲佐神社の神宮寺という歴史が伝えられているように、仏様と神様が1つの空間の中に共存していました。福城寺の神仏習合の祈りの歴史を強く感じる神様でした。

大銀杏・大槇(ともに美里町指定天然記念物)

  • 大銀杏・大槇(ともに美里町指定天然記念物)
    大銀杏
  • 大銀杏・大槇(ともに美里町指定天然記念物)
    大銀杏
  • 大銀杏・大槇(ともに美里町指定天然記念物)
    大銀杏
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    大銀杏
  • 大銀杏・大槇(ともに美里町指定天然記念物)
    槇の木
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樹齢1000年以上とされる大銀杏とともに歴史が紡がれる

馬頭観音堂の後方に、西日本では1番、日本でもトップクラスの大きさを誇る大銀杏が枝を広げている。樹齢は1000年以上、大きさが15メートルから16メートルあるとも言われている。秋には大銀杏の葉が黄金色に染まり、また、境内に育つモミジの紅葉も加わり、多くの方々がその美しい境内の光景を楽しむために福城寺をお参りするという。この大銀杏以外にも境内には、樹齢数百年にもなる銀杏が育っている。また、福城寺の庫裏の近くには、樹齢が800年以上とも言われる大きな槇(まき)の木が育つ。大銀杏と槇の木は美里町の天然記念物に指定されている。

感想■赤い実、黄に染まるもみじ、緑のイチョウが重なり合い、彩りに深い奥行きを添えていました。その美しさは深山の自然とは異なり、長い年月にわたって人々が守り育ててきた風景そのものでした。特に大木のイチョウを見上げたとき、時間の重さを実感しました。。

report

学生レポート

奈良大学 大学院 2年

御本尊・十一面観音様や釈迦如来様をお参りさせていただき、平安時代や鎌倉時代に造立された仏様が大切に、今日まで信仰され続けていることに感銘を受けました。御本尊様はもともと吉祥天様であったとお聞きし、様々な困難がありながらも信仰を守り伝えてきたことを感じさせる仏様でした。

また、人々が山中の険しい道を登り、福城寺へ馬や牛を連れて参拝されていたというお話を伺い、先人たちの仏様に対する信仰の強さを感じました。

福城寺へ向かう道が豪雨により一部崩落しており、福城寺周辺が9日ほど孤立状態になっていたとお聞きしました。さらに熊本地震では、本堂がずれ、燈籠が倒れ、庫裡の屋根瓦が落ちたと伺いました。このような豪雨や地震といった災害は近年だけでなく長い歴史の中で何度もあったのだと思います。そのような困難に直面しても、福城寺を愛する皆様によって福城寺が大切に伝えられ、困難を乗り越えてこられたのだと強く感じました。

history

ご由緒

弘仁年間に湛西上人により創建されたと伝えられている。山号は甲佐岳の別称である『亀甲山(きこうざん)』。古来より修験の行場として行者が修行に励むとともに、伽藍を構える甲佐岳の麓に鎮座する甲佐神社の神宮寺として隆盛をしたという。平安時代の終わり頃には平清盛公の息子である平重盛公により再興され、甲佐岳の山中に十六坊の僧房が並び建っていたという。戦国時代の天正年間、肥後国南部を統治したキリシタン大名である小西行長により焼討ちされるが、現在の境内地に存在した奥の院のみが被害を免れ、福城寺の1200年以上の歴史を伝えている。樹齢1000年以上とされる大銀杏や紅葉の名所としても有名。『甲佐岳観音』と呼ばれ親しまれている。

info

参拝情報

名称
亀甲山 福城寺
(きこうざん ふくじょうじ)
所在地
熊本県下益城郡美里町甲佐平2110
googleMAP
参拝時間
堂内参拝は事前にご連絡をお願い致します。
※釈迦如来様は毎年1月18日の初観音大祭のみ御開扉
拝観料
志納
宗派
天台宗
御本尊
十一面観音
宝物殿
アクセス
■車
熊本駅、阿蘇くまもと空港から『国道443号』、『国道218号』 経由約45km
駐車場
あり

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