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標高900mの山上に広がるお釈迦様の霊地

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しゃかいん

釈迦院

熊本県八代市

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標高957メートルの大行寺山の山頂付近に1200年以上の歴史を誇る名刹・釈迦院が伽藍を構えています。金色に光り輝くお釈迦様が出現したことから歴史が始まった釈迦院には多くの人々が集い、往時には山上に75坊もの僧房が建ち並んでいました。現在、釈迦院までの参道は、3333段の『日本一の石段』として整備され、全国からたくさんの方々が釈迦院に集います。
  • 秘仏御本尊・銅造釈迦如来立像《熊本県指定文化財/毎年4月8日の灌仏会の際に御開扉される》

巡りポイント

釈迦院の御本尊は、全国的に珍しい銅造の釈迦如来様。凛々しい眼差しが特徴です。また、近年釈迦院に集う方々が団結して建物や境内の復興が続いています。厳しい山上にありながらも、釈迦院に集う皆さんの笑顔があふれ、穏やかで心地よい雰囲気が境内に満ちています。

秘仏御本尊・銅造釈迦如来立像(熊本県指定文化財)※毎年4月8日の灌仏会大祭に御開扉

  • 秘仏御本尊・銅造釈迦如来立像(熊本県指定文化財)※毎年4月8日の灌仏会大祭に御開扉
  • 秘仏御本尊・銅造釈迦如来立像(熊本県指定文化財)※毎年4月8日の灌仏会大祭に御開扉
  • 秘仏御本尊・銅造釈迦如来立像(熊本県指定文化財)※毎年4月8日の灌仏会大祭に御開扉
  • 秘仏御本尊・銅造釈迦如来立像(熊本県指定文化財)※毎年4月8日の灌仏会大祭に御開扉
  • 秘仏御本尊・銅造釈迦如来立像(熊本県指定文化財)※毎年4月8日の灌仏会大祭に御開扉
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鎌倉時代に造立された銅造の凛々しいお釈迦様

今から約1200年前、現在の釈迦院が建つ地で修行をしていた藥欄(やくらん、後の弉善大師(しょうぜんだいし))の前に金色に光り輝く釈迦如来様が姿を表し、釈迦院が創建されたと伝えられている。

 

釈迦院の御本尊である釈迦如来様は、鎌倉時代に銅で造立された仏様。当初は表面に漆箔(しっぱく、漆を接着剤として金箔などを貼り付ける技法)が施され金色に輝いていたと考えられている。

 

左腕を下に下げて掌を前に向け、右腕を曲げ掌をこちらに向け、わずかに右足を前にだして立つ姿をされている。お顔の形や表情、肉髻(にっけい、頭頂部の盛り上がっている部分)の様子から、鎌倉時代中期から後期にかけて、都で造立された仏様であると考えられている。

 

通常は秘仏としておまつりされているが、延暦18年4月8日に弉善大師の前にお釈迦様が出現されたことから、毎年4月8日に行われる灌仏会大祭で御開扉されている。

感想■お釈迦様の姿は端正で凛々しく、清らかな印象を抱きました。御本尊様が御開扉される毎年4月8日の灌仏会大祭では、皆さんが団結して準備をして、たくさんの方々が釈迦院に集うそうです。御本尊様の眼差しのもとで、活気に満ちた遷仏会大祭の釈迦院をいつか訪れたいです。

山門(鐘撞堂)

  • 山門(鐘撞堂)
  • 山門(鐘撞堂)
  • 山門(鐘撞堂)
    仁王像(阿形像)
  • 山門(鐘撞堂)
    仁王像(吽形像)
  • 山門(鐘撞堂)
  • 山門(鐘撞堂)
  • 山門(鐘撞堂)
  • 山門(鐘撞堂)
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加藤忠広公が寄進した雄大な門

釈迦院の山門は、熊本藩第2代藩主の加藤忠広公により寄進された建物であると伝えられている。入母屋造で建立された二重門で、一層目には、阿形像と吽形像からなる仁王様が、二層目には明治21年に鋳造された梵鐘がかけられ、どなたでも撞くことのできる『開運の鐘』として参拝の方々に親しまれている。また、誰も撞いていないのに鐘が鳴るという逸話が伝えられ、釈迦院の七不思議の一つとして知られている。

感想■二層目に登り、鐘を撞くと重低音の心地よい音色と余韻が境内に響きました。参拝者を迎えるボランティアの方にお聞きすると、「みんなで直してきたから、最近は鐘の音がいっそう良く響くんですよ」とのこと。皆さんの想いがこもる鐘の音でした。

本堂

  • 本堂
  • 本堂
  • 本堂
    薬欄の前に姿を表した釈迦如来様
  • 本堂
    金澤翔子さんによる『釈迦院』の扁額
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標高900メートルの山上に建つ雄大な大堂

標高957メートルの大行寺山の山頂付近に大きな本堂が建つ。大きな唐破風の屋根が目立つ入口から堂内に入り、正面の階段を登ると、様々な仏様がおまつりされている須弥壇の前にたどり着く。階段で登る場所の周囲は砂利が敷かれており、様々な仏様にお参りしながら堂内をぐるっと1周できる。

 

11年前に復興が始まる以前は、厳しい山上の風雪のため多くの箇所が傷んでいたという。釈迦院に集う皆さんが一丸となって復興を進め、須弥壇や床、仏様、お厨子などの修理が行われ、往時の堂々たる姿が蘇っている。

 

本堂には、弉善大師の前にお釈迦様が出現された様子を表す大きな絵画や、金澤翔子さんが揮毫された『釈迦院』の扁額が掲げられている。

感想■復興が進む前、雨漏りなどで床が傷み、抜け落ちてしまう箇所もあったとお聞きしました。ご住職や釈迦院に集う皆様とお話をすると、皆様がいかに愛着や想いをもって復興に携わっていらっしゃるのか実感し、感銘を受けました。

霊泉

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お釈迦様が出現された清らかな泉

本堂の右後ろに位置する霊泉は、弉善大師の前にお釈迦様が出現された泉を起源とすると伝えられている。標高900メートルの山上にもかかわらず、現在も清らかな水が湧き続けている。

感想■絶えることなく清らかな水が標高900メートル近い場所に湧き続けていることに驚きました。お釈迦様の霊地として信仰を集める釈迦院の悠久の歴史を改めて実感した場所でした。

本堂におまつりされる仏様たち

  • 本堂におまつりされる仏様たち
    お前立・釈迦如来立像
  • 本堂におまつりされる仏様たち
    お前立・釈迦如来立像
  • 本堂におまつりされる仏様たち
    阿弥陀如来坐像
  • 本堂におまつりされる仏様たち
    阿弥陀如来坐像
  • 本堂におまつりされる仏様たち
    十一面観音菩薩立像《八代市指定文化財》
  • 本堂におまつりされる仏様たち
    伝教大師坐像
  • 本堂におまつりされる仏様たち
    天台大師坐像
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    毘沙門天立像
  • 本堂におまつりされる仏様たち
    男神坐像
  • 本堂におまつりされる仏様たち
    慈恵大師坐像
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釈迦院に集う人々を見守る仏様たち

釈迦院の本堂には、様々な仏様がおまつりされている。 弉善大師という称号を薬欄に授けたと伝えられている桓武天皇。本堂におまつりされているお前立の釈迦如来立像は、桓武天皇の冥福を祈る仏事の後に海中から見つかった霊木から弉善大師が造立したと伝えられている仏様。お顔や衣の様子から室町時代に造立されたと考えられている。近年、釈迦院にお参りされた方から寄進があり修復が行われ、造立当初の美しいお姿に蘇った。

 

須弥壇上には、像高2メートルにもなる鎌倉時代に造立されたと推測されている十一面観音菩薩様や江戸時代の明和9年(1772)、乗本忠平次信貞により造立された伝教大師様・天台大師様、南北朝時代に造立されたと考えられている阿弥陀如来様をおまつりしている。

 

また、本堂内には、江戸時代に造立された毘沙門天様や男神様、室町時代の永禄3年(1560)に都の七条仏師・日高民部省輔秀長が造立した慈恵大師様など様々な仏様や神様がおまつりされている。

感想■穏やかな仏様もおまつりされていれば、勇ましいお姿をされている仏様をおまつりされており、釈迦院の中で様々な信仰が育まれていた歴史を実感することができました。釈迦院に集う皆さんで仏様の修復も行っていると伺い、仏様に対する皆さんの心に感動しました。

庫裏

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ご縁のある方々の想いがこもる

本堂と繋がる庫裏は、かつて釈迦院にお参りする人々が滞在するために使われていたという。山上の釈迦院へのお参りは日帰りでは難しかったことから、釈迦院への車道が整備される以前は、参拝者の方々は、釈迦院へのお参り後、山上に宿泊して自宅へと帰ったという。

 

復興が始まる11年前までは庫裏も荒れてしまっていたという。しかし、釈迦院にご縁のある方々が『自分にできることを』と尽力し、瓦や畳などをはじめとする修復が完了した。庫裏の一室には、11年間の復興の軌跡を撮影した写真が展示されている。

感想■「ありがたいことに自然とたくさんの方々が集い、復興の輪が広がっている。」というご住職のお言葉が印象深く心に残っています。ご住職とともに11年間の復興の様子を辿ると、復興に携わる方々の笑顔にあふれており、釈迦院がたくさんの方々の拠り所となっていることを強く感じました。復興した庫裏の美しい建ち姿からは、庫裏の復興に携わったたくさんの方々の熱意や想いが感じられました。

宝物殿におまつりされている仏様たち※宝物殿は毎年4月8日の灌仏会大祭にて一般公開

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    僧形文殊菩薩坐像《八代市指定文化財/嘉暦3年(1328)》
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    如来形立像《八代市指定文化財/平安時代後期》
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    弘法大師坐像《室町時代》
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    十羅刹女のうち黒歯《室町時代》
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    阿弥陀如来立像《室町時代》
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    薬師如来坐像《室町時代》
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    弁財天坐像《宝暦5年(1755)》
  • 宝物殿におまつりされている仏様たち※宝物殿は毎年4月8日の灌仏会大祭にて一般公開
    毘沙門天立像《江戸時代》
  • 宝物殿におまつりされている仏様たち※宝物殿は毎年4月8日の灌仏会大祭にて一般公開
    釈迦如来立像《近代か》
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釈迦院の悠久の歴史を伝える様々な仏様たち

毎年4月8日の灌仏会大祭で一般に公開されている宝物殿には、かつて75坊の僧房が並んでいたという釈迦院に伝えられている多様な仏様がおまつりされている。

 

鎌倉時代の嘉暦3年(1328)に大仏師・浄康が造立し釈迦院に奉納したという墨書が胎内に残る僧形文殊菩薩坐像や近年まで釈迦如来様として信仰を集め平安時代後期に造立されたと考えられている如来形立像は八代市の文化財に指定されている。

 

詳しい由来は不明であるが、室町時代に造立された弘法大師坐像も伝えられている。また、他にも室町時代に造立された仏様がまつられており、普賢菩薩の眷属である十羅刹女のうちの黒歯(くろは)や阿弥陀如来立像、薬師如来坐像がおまつりされている。

 

江戸時代以降に造立された仏様では、宝暦5年(1755)に、下益城郡砥用原の住人である米屋嘉七を願主に松岡英鷹が造立した弁財天坐像や毘沙門天立像、近代に造立されたとみられる釈迦如来立像がおまつりされている。

感想■宝物殿におまつりされている仏様は個性的で、その表情や立ち姿に惹きつけられました。大きな仏様も多く、中世に大いに隆盛した釈迦院の歴史を実感することができました。

山上の景色・日本一の石段

  • 山上の景色・日本一の石段
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3333段の石段を登り釈迦院を目指す

標高957メートルの大行寺山の山頂付近に建つ釈迦院への表参道は、3333段の日本一の石段が整備されている。途中の展望所からは美しく雄大な景色が楽しめ、遠くには雲仙まで見渡すことができるという。

 

夕暮れ時の釈迦院の境内や参道からは、釈迦院の山号『金海山』の由来となった不知火海に反射する夕日が周囲の山々を金色に染める美しく雄大な景色を見ることができる。

感想■山を下りる際に見た、周囲が金色に染まる景色が圧巻でした。ご住職から釈迦院の山号の由来であるとお聞きし、先人たちも心を震わせたであろう景色に感動するとともに、先人たちと心が通じ合ったような感覚を覚えました。

report

学生レポート

立命館大学 博士課程

境内の自然や古い伽藍はもちろん美しかったのですが、特に印象的だったのは、ご住職が語ってくださった「昔の祈りは生きるためだった」という言葉です。私たちが信仰を遠く感じてしまう理由の一つは、当時の人々の切実さを知らないからかもしれません。お寺に身を置き、実際に伝承に向き合っておられるご住職のお話から、古人の祈りがどれほど深かったのかを学ぶことができました。

また、釈迦院が多くの支えによって成り立っていることも知り、胸が熱くなりました。本堂や庫裏の修復や境内の整備を行う檀家の皆さんや地域の方々の姿が寺院を未来へつなぐ力になっていました。こうした背景を知ることで、寺院の存在がより深く心に響きました。

ボランティアの皆様のおもてなしにも温かさをいただきました。「最近、鐘の音がきれいに響くようになったんですよ」という言葉を伺い、釈迦院を大切に思う人々の気持ちが、境内の空気そのものを支えているのだと感じました。お寺が地域の方々に愛されていることを実感しました。今回の訪問は、私にとって深くて温かい学びでした

history

ご由緒

寺伝によると、今から約1200年前に薬欄(やくらん、後の弉善大師(しょうぜんだいし))によって創建されたと伝えられている。あるとき遠くの嶺に紫雲がたなびいている姿を見た薬欄は、その嶺へと歩みを進めたという。険しい山道を登り、その嶺へとたどり着くと大きな池があったという。薬欄はその池のほとりに草庵を結び、十年間修業に励んだという。

 

あるとき、修行に励む薬欄の前に金色に輝く釈迦如来様が池の中から湧出したと伝えられている。薬欄は、その釈迦如来様を自らの草庵におまつりし釈迦如来様のもとでさらに修行を続けたという。修行に励む薬欄の逸話は遠く都にまで届き、病に苦しむ桓武天皇を治療する祈祷を頼まれた。薬欄が一心に祈祷を行うと、たちまち桓武天皇の病を癒え、それに喜んだ桓武天皇は薬欄に『弉善大師』の称号を授け、釈迦院を勅願寺として定められたと伝えられている。

 

その後、釈迦院は大いに隆盛に、往時には75坊の僧房が山上に立ち並ぶ大伽藍を形成したという。しかしながら、天正16年(1588)、キリシタン大名として知られている小西行長の兵火により伽藍が全焼してしまった。その後、加藤清正公や加藤忠広公により再興された。近年、厳しい山上に伽藍を構えていることから荒れてしまっていたが、ご縁のある方々が一丸となって復興が続いている。

info

参拝情報

名称
金海山 大恩教寺 釈迦院
(きんかいざん だいおんきょうじ しゃかいん)
所在地
熊本県八代市泉町柿迫5536
googleMAP
参拝時間
毎週土曜日と日曜日は、特に急用がない限り、午前10時から午後3時まで本堂を開けております。この時間帯は、ご参拝や御朱印の授与が可能です。

※急用で本堂を閉じている場合もあるので、ご参拝・御朱印の授与をご希望の方は、ご参拝前に釈迦院公式ホームページの『お問合せ』からご確認をいただければと思います。
拝観料
宗派
天台宗
御本尊
釈迦牟尼如来
宝物殿
あり(毎年4月8日の大祭にて公開)
アクセス
【美里町側】※徒歩ルート
釈迦院御坂遊歩道(3,333段日本一の石段)での参拝

【泉町側】※車ルート
国道443号➡県道52号➡市道経由で、車での本堂下まで参拝可能
※4月8日の花まつり時は、市道が一方通行になるのでご注意ください
駐車場
あり
Webサイト
https://kinkaizan-shakain.jp/
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