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ご由緒
寺伝によると、今から約1200年前に薬欄(やくらん、後の弉善大師(しょうぜんだいし))によって創建されたと伝えられている。あるとき遠くの嶺に紫雲がたなびいている姿を見た薬欄は、その嶺へと歩みを進めたという。険しい山道を登り、その嶺へとたどり着くと大きな池があったという。薬欄はその池のほとりに草庵を結び、十年間修業に励んだという。
あるとき、修行に励む薬欄の前に金色に輝く釈迦如来様が池の中から湧出したと伝えられている。薬欄は、その釈迦如来様を自らの草庵におまつりし釈迦如来様のもとでさらに修行を続けたという。修行に励む薬欄の逸話は遠く都にまで届き、病に苦しむ桓武天皇を治療する祈祷を頼まれた。薬欄が一心に祈祷を行うと、たちまち桓武天皇の病を癒え、それに喜んだ桓武天皇は薬欄に『弉善大師』の称号を授け、釈迦院を勅願寺として定められたと伝えられている。
その後、釈迦院は大いに隆盛に、往時には75坊の僧房が山上に立ち並ぶ大伽藍を形成したという。しかしながら、天正16年(1588)、キリシタン大名として知られている小西行長の兵火により伽藍が全焼してしまった。その後、加藤清正公や加藤忠広公により再興された。近年、厳しい山上に伽藍を構えていることから荒れてしまっていたが、ご縁のある方々が一丸となって復興が続いている。
