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慈恵大師が伝えた秘法、御夢想灸(すりばちやいと)

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ちゅうどういん

中道院

福井県鯖江市

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鯖江市役所のほど近くに伽藍を構える中道院は、日本三大霊山の一つに数えられる霊峰・白山を開山した泰澄大師により開かれたと伝えられている古刹。後の時代には、比叡山中興の祖とされる慈恵大師良源が当地に滞在したと伝えられ、慈恵大師が疫病に苦しむ人々のために当地で修した無病息災を願う秘法『御夢想灸(すりばちやいと)』が今日まで伝えられています。御夢想灸が行われる毎年2月20日と3月2日には、福井県内外から無病息災や学業成就を願う人々が中道院に集います。
  • 御夢想灸(すりばちやいと)で使用される護摩炉
  • 元三大師堂

巡りポイント

毎年2月20日と3月2日に執り行われる御夢想灸(すりばちやいと)は、季節の訪れを告げる風物詩となっています。本堂にまつられている平安時代に造立された御本尊・阿弥陀如来様をはじめ、33年に一度の本開帳と17年に一度の中開帳のときのみ御開扉される慈恵大師良源様や泰澄大師が造立したと伝えられている十一面観音様など、約1300年近い中道院の悠久の歴史を伝える様々な仏様がおまつりされています。

御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)

  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    御本尊・阿弥陀如来立像
  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    御本尊・阿弥陀如来立像
  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    御本尊・阿弥陀如来立像
  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    御本尊・阿弥陀如来立像
  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    本堂の荘厳
  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    本堂の荘厳
  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    以前の本堂を飾っていた欄間
  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    56豪雪の際に倒れてしまった御神木
  • 御本尊・阿弥陀如来立像(鯖江市指定文化財)
    本堂
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穏やかな眼差しを向ける阿弥陀如来様

中道院の御本尊様は、平安時代後期(12世紀頃)に造立されたと考えられている阿弥陀如来様。像高94.5 cmのヒノキ材の一木造の仏様で、お体に金泥塗り、衣部分に黒漆塗りが施されている。右手を胸近くにあげ、左手を下げ、両手とも第一、二指をつける来迎印を結ぶ。

 

御本尊様がおまつりされている本堂は、大正10年(1921)に再建された建物。以前の本堂は、寛永20年(1643)に建立された豪壮な建物であったが、明治25年(1892)に発生し鯖江の街に大きな被害をもたらした大火により焼失してしまったという。本堂の正面には、大火の被害を免れた以前の本堂を飾っていた欄間彫刻が掲げられている。

 

また、本堂正面には56豪雪の際に倒れてしまった御神木の大きな幹の断面が飾られている。

感想■蠟燭のゆらめく灯火に照らされる御本尊様の穏やかなお顔が印象的でした。灯のゆらぎに合わせて表情が動いているように感じられ、平安時代より鯖江を見守り続けてきた御本尊様の姿に心惹かれました。

元三大師堂

  • 元三大師堂
    元三大師堂
  • 元三大師堂
    慈恵大師坐像をまつる厨子
  • 元三大師堂
    西国三十三観音巡礼の札所本尊様
  • 元三大師堂
    役行者像
  • 元三大師堂
    十一面観音菩薩坐像
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秘仏である慈恵大師良源様のお像をおまつりする

元三大師堂は、斜面に沿って建つ懸造りの建物。江戸時代頃に建立され、近年修復及び改築が施された。

 

堂内中央の厨子の内部には、疫病に苦しむ地域の人々に請われて慈恵大師が自らの姿を写して造立したと伝えられている慈恵大師坐像がおまつりされている。慈恵大師坐像は33年に一度の本開帳と17年に一度の中開帳の時のみ御開扉される秘仏としておまつりされている。

 

お厨子の左右には西国三十三観音巡礼の札所本尊様や役行者と推測されているお像をはじめ様々な仏様がおまつりされている。

感想■33年に一度の本開帳と17年に一度の中開帳の際は、多くの人々がお参りに訪れると伺いました。地域の人々のために慈恵大師自ら造立したとの逸話を伝えるお像にいつの日かお参りしたいと思いました。

十一面観音坐像

  • 十一面観音坐像
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泰澄大師御作と伝えられている凛々しい観音様

元三大師堂におまつりされている十一面観音様は、泰澄大師が造立したと伝えられている仏様。明治時代まで境内に存在していた白山神社の御神体としておまつりされていた仏様であると伝えられている。

 

頭部を金属、お体を木造とし、座ったお姿である坐像の形式をとる珍しい十一面観音様である。

 

十一面観音様がまつられていた白山神社の前には、慈恵大師が中興の際に植えたとされる樒と薄墨桜が植えられていたと伝えられている。特に樒は昭和27年頃までは伝えられていたとされ、その幹は八方に分かれ、周囲が50cmから70cmにもなる大樹であったと伝えられている。

感想■金属と木造の部分を組み合わせて造立されている仏様であると伺い、驚きました。近くによってお参りしても違和感がなく、十一面観音様に携わった仏師の方々の技術力に圧倒されるとともに、なぜこのような特徴的なお姿をされているのか、十一面観音様がたどってきた歴史に興味を抱きました。

御夢想灸(ごむそうきゅう、すりばちやいと)

  • 御夢想灸(ごむそうきゅう、すりばちやいと)
  • 御夢想灸(ごむそうきゅう、すりばちやいと)
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慈恵大師より脈々と伝えられている無病息災を祈る秘法

中道院の年中行事である御夢想灸(ごむそうきゅう)は、頭上にすり鉢のような護摩炉を被り、護摩炉の上で灸をすえて祈願をする秘法で、その見た目から『すりばちやいと』と呼ばれ親しまれている。毎年2月20日(慈恵大師により創始された日)と3月2日(戦国時代に復興された日)に行われている。

 

護摩炉の表面には慈恵大師のお名前に加えて北斗七星や星々を神格化した神々を表す梵字が施されている。現在使用されている護摩炉は古いもので明治時代、新しいもので昭和42年に作られたものが使用されている。

 

御夢想灸の歴史は平安時代まで遡り、慈恵大師が疫病に苦しむ人々の無病息災を祈り創始したと伝えられている。慈恵大師が創始した修法は歴代住職に秘法として受け継がれていたが、戦乱や天災により一度途絶えてしまったという。

 

戦国時代、当時の住職である秀運法印は、元亀3年(1573)の織田・朝倉の戦いや天正2年(1574)の一向一揆の影響を避けるために、白山神社の御神体である十一面観音様と慈恵大師坐像を背負い、現在の鯖江市河和田町付近の大師谷に逃れていた。避難生活の長期化により人々の間に疫病が流行したため、秀運法印は慈恵大師坐像に祈祷を続けていたところ、ある日の夢中に慈恵大師がお出ましになられ、秀運法印に途絶えてしまっていた秘法を授けたと伝えられている。このことからこの秘法のことを『御夢想灸』と呼ぶようになったと伝えられている。

 

近年の御夢想灸には、厄除けや無病息災を祈る人々だけでなく、志望校合格や学業成就を祈る受験生やそのご家族が訪れている。

感想■護摩炉に施された梵字の配置はまるで星座のように思え、様々な梵字から構成される護摩炉は、仏教的な宇宙観を示しているようにも見えます。護摩炉に刻まれている梵字がどのような意味で組み合わさり祈りを紡いでいるのか、その神秘的な魅力に惹かれました。

庚申堂

  • 庚申堂
    庚申様
  • 庚申堂
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    庚申堂
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境内を見渡す地にまつられる防火の仏様

境内の高台に建つ小堂に庚申様がおまつりされている。中央には石で造立された頭部のみの庚申様がまつられており、防火の仏様として信仰を集めている。

感想■目をカッと開き、牙を見せる庚申様の表情からは、悪しき存在を寄せ付けない迫力が感じられました。

梵鐘

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    梵鐘
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平和への祈りを紡ぐ

鐘楼に吊るされている梵鐘は、もともと戦前に造立されたものであったが、太平洋戦争の際の金属供出により供出されてしまった。

 

戦争が終結し、『郷土の平和と戦没者のため、供出した梵鐘と観音様を再建しなければならない。』と当時の住職が再興を発願し、梵鐘は昭和23年(1948)に再興された。

感想■様々なお寺を訪問すると、戦争中、日本全国の寺院で梵鐘や金物を供出され、その多くは二度と戻らなかったという声を多く伺っていました。中道院の境内に響く梵鐘の音色には、地域の時間を伝えるだけでなく、失われても取り戻そうとする人々の意志そのものが込められているように感じました。

石造供養塔・石仏

  • 石造供養塔・石仏
    石造供養塔
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    石造供養塔
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中世の中道院での祈りを伝える

参道の階段脇に建つ石塔は、中道院が伽藍を構える長泉寺山から出土した複数の石塔の部材を組み合わせたもの。いずれも室町時代から戦国時代にかけて造立された部材であると推定されている。

 

また周囲には様々な仏様の姿を表す石仏がおまつりされている。

感想■下部の四角型の部材に施された梵字の彫刻表現に魅了されました。数百年前に施された彫刻とは思えないほど完璧に残っており、その精緻さに息を呑みました。

report

学生レポート

立命館大学 博士課程

現在のご住職は凛として威厳があり、酷暑の中、境内の尊像や建物を丁寧にご案内してくださいました。見どころは密度高く、由来の一部は継承の事情から今は確かめ難い――その「欠け」がむしろ歴史の息づかいを濃くし、想像を遠くへと運んでくれることを学びました。

とりわけ、『すりばちやいと』に刻まれた梵文の資料をご提示いただき、手に取って拝見できたことが忘れられません。仏教と天文が交わる視座に触れ、他寺では得難い驚きと厚みを感じました。紙の重みから研究の力を実感すると同時に、この未完の断片こそが多くの人を探究へと招き入れているのだと気づきました。

history

ご由緒

養老2年(718)、泰澄大師がこの地に創建した「三嶺山玉林寺」を起源とすると伝えられている。泰澄大師は白山権現の本地仏である十一面観音菩薩をまつったと伝わり、往時は36坊が軒を連ねる大寺院であったという。

 

貞元元年(976)、当地を訪れた慈恵大師良源が復興・整備し、背後の山は比叡山を、お寺の前の池は琵琶湖を偲ばせることから『霊地山長泉寺』と改称したと伝えられている。復興・整備が続く中、慈恵大師は当地で悪疫を鎮めるために護摩供を行い、参詣の人々の頭に護摩炉をかぶらせ灸をすえたという。この秘法は長泉寺の住職に受け継がれていたが、戦国時代までには廃れてしまっていた。しかしながら、戦国時代の住職・秀運法印の夢中に慈恵大師が現れ秘法を伝えたことから復興、長泉寺を構成していた子院のうち現在も法灯を伝える唯一の子院である中道院で受け継がれ、御夢想灸(ごむそうきゅう)または「すりばちやいと」として多くの人々の祈りを受け止めている。現在では毎年2月20日と3月2日に行われている。

info

参拝情報

名称
霊地山 長泉寺 中道院
(れいちさん ちょうせんじ ちゅうどういん)
所在地
福井県鯖江市長泉寺町2-7-7
googleMAP
参拝時間
7:30~17:00頃まで
宗派
天台宗
御本尊
阿弥陀如来
宝物殿
アクセス
■公共交通機関
・福井鉄道福武線『西山公園』駅下車後、 徒歩約10分。
・福井鉄道福武線『水落』駅下車後、徒歩約10分。
駐車場
あり(数台分)

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