古代より交通の要衝であった地に伽藍を構える瑠璃寺には、様々な寺宝が伝えられている。
瑠璃寺に伝えらえている仏画の一つである聖衆来迎図(高森町指定文化財)は、お亡くなりになられた方の元へ阿弥陀如来様をはじめとする仏様がお迎えに来迎する様子が描かれた仏画である。通常の作例とは異なり、左側に大きく描かれている阿弥陀如来様と対面するように右側に大きく釈迦如来様が描かれている点が特徴で、これは釈迦如来様が亡くなった方を送り出し、阿弥陀如来様が迎える「発遣(はっけん)」という考え方を表しているという。この類例は、瑠璃寺と四国の寺院が伝えている2例のみであり、貴重な仏画である。
戦国時代、瑠璃寺の住職を比叡山正覚院の豪盛僧正が兼務していた。豪盛僧正は、上杉謙信公や武田信玄公と深い繋がりがあり、謙信公の祈祷依頼や信玄公に天台の教えを授けたとされる。
瑠璃寺には信玄公が豪盛僧正にあてた条目が伝えられている。そこには、四度加行(しどけぎょう)や大威徳法を習いたいという旨や今までと変わらず所領を認める旨が記されている。
他にも信玄公が寄進したとの伝承のある鶏の姿をかたどった香炉や焼討ちの苛烈さを伝える花瓶などが大切に守り伝えられている。これらの寺宝のうち一部が高森町の指定文化財となっている。2026年の御開帳の際には、高森町歴史民俗資料館「時の駅」で「瑠璃寺の宝物展」が開催され、多くの寺宝が公開された。
感想■拝観させていただいた寺宝は、焼討ちの際に当時の僧侶の方々が必死に守り抜いたと伺いました。そのような先人たちの存在がいたからこそ、私たちがこれらの寺宝を拝観させていただくことができると考えると、守り伝えられてきた方々の強い想いや志が込められているように感じ、1つ1つの寺宝に心を奪われました。