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小栗判官終焉の地として親しまれる阿弥陀様のお寺

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えんぷくじ

圓福寺

茨城県東茨城郡茨城町

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茨城県中部に位置し、豊かな自然と人々との営みの調和が魅力的な茨城町。この茨城町に、第3代天台座主をつとめた慈覚大師円仁とゆかりの深い古刹・圓福寺(えんぷくじ)が歴史を伝えています。かつて、水戸東照宮の別当寺・大照院におまつりされていたという御本尊・阿弥陀如来様を中心に、横曽根門徒を率いた證智尼(しょうちに)と同じ大きさで造立されたという阿弥陀如来様がおまつりされ、阿弥陀如来様の祈りの世界が境内全体に広がっています。中世以降に流行した物語に登場する小栗判官の終焉の地としても知られ、圓福寺が伽藍を構える鳥羽田(とりはた)の地の人々の営みを体現するお寺です。
  • 不動堂《大正年間建立》
  • 本堂《昭和35年建立》

巡りポイント

国の重要文化財に指定されている御本尊・阿弥陀如来坐像や横曽根門徒を率いた證智尼と同じ大きさで造立されたという阿弥陀如来立像がおまつりされています。圓福寺(えんぷくじ)におまつりされている仏様の眼差しからは、平安時代から中世にかけて茨城に暮らした人々の営みや信仰を感じさせられます。

御本尊・木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)

  • 御本尊・木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)
  • 御本尊・木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)
  • 御本尊・木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)
    衣紋の彫りは浅く簡略化されている
  • 御本尊・木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)
  • 御本尊・木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)
    螺髪は粗く彫られている
  • 御本尊・木造阿弥陀如来坐像(国指定重要文化財)
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水戸東照宮の別当寺にまつられていた穏やかな表情の阿弥陀如来様

圓福寺は、慈覚大師円仁が山形立石寺を御開山された後、都へ向かう途中でこの地に立ち寄った際に、阿弥陀如来のお告げを受けて如来像を造立し、そのお像を一宇の堂に祀ったことに始まると伝えられている。しかしながら、火災や天災などによって慈覚大師円仁作の阿弥陀如来像や古文書等は失われてしまった。

 

現在の御本尊・木造阿弥陀如来坐像は、両脚部裏の銘文から建保5年(1217年)には既に造られていたことが分かっており、平安時代末期頃から鎌倉時代の彫刻様式が混在することから、平安時代末期から鎌倉時代にかけての作と考えられている。

 

元は水戸東照宮の別当寺であった大照院(だいしょういん)の本尊として安置されていた。幕末、烈公(れっこう)と呼ばれた徳川斉昭公によって水戸藩内の寺院の整理・統廃合が行われると水戸東照宮からも仏教色が取り除かれた。その際、大照院も没落してしまったが、御本尊を火災で失ってしまった当時の圓福寺住職である隆昌(りゅうしょう)師の求めにより、圓福寺の御本尊として当地に移され、祀られている。

感想■阿弥陀如来様の穏やかな表情が印象的でした。ご住職から阿弥陀如来様の来歴をお聞きすると、波乱万丈な歴史の末に圓福寺でおまつりされているとのことで、数多の困難を潜り抜け今に伝えられていることへのありがたさを強く感じました。

木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)

  • 木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)
  • 木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)
    木造阿弥陀如来立像
  • 木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)
    木造阿弥陀如来立像
  • 木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)
    木造阿弥陀如来立像
  • 木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)
    木造勢至菩薩立像
  • 木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)
    木造勢至菩薩立像
  • 木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)
    木造観音菩薩立像
  • 木造阿弥陀三尊立像(茨城県指定文化財)
    木造観音菩薩立像
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親鸞聖人の教えを茨城に広めた尼僧の姿をうつす

御本尊に代わり、本堂中央には木造阿弥陀如来三尊立像が祀られている。 この阿弥陀如来三尊立像は、3躯ともヒノキ材の一木造りで、中尊の阿弥陀如来立像の胎内に納められている造立銘札に徳治2年(1307)の銘文がある。このことから鎌倉時代後期の地方で造立された仏像の基準作の1つとして知られている。

中世、親鸞聖人の高弟の一人・性信の二女に證智尼(しょうちに)という娘がいた。證智尼は茨城県西部にある報恩寺を拠点に門徒(横曽根門徒)たちを率いて親鸞聖人の教えを広めたが、中尊はこの證智尼と同じ大きさで造立されたことが銘に記されている。

 

もともとは近隣の神宿地区にあったとされる龍崎山恩愛寺で祀られていたとされる仏様。後に現在圓福寺が伽藍を構える鳥羽田(とりはた)地区にあった龍含寺(真言宗)に移されたが、大正年間に龍含寺は廃寺となったため、他の寺宝と共に阿弥陀如来三尊立像は圓福寺へ移された。

 

東日本大震災の際には、前日の3月10日に京都で開催される展覧会のため搬出されていたため、被害を受けなかった。もし東日本大震災発生時にそのまま安置されていたら、一木造りで重量のある仏様であるため、甚大な被害を受けていたかもしれないという。

感想■中世の茨城で門徒をまとめていた證智尼のお姿と同じ大きさで造立された阿弥陀如来様であるとお聞きしました。実際に生きた人物のお姿をもとに造立された仏様は初めてお聞きし、阿弥陀如来様のモデルとなった證智尼が、いかに人々から信頼され愛されていたかを感じました。

小栗堂

  • 小栗堂
    小栗堂
  • 小栗堂
    左:照手姫坐像、右:小栗判官坐像
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小栗判官終焉の地との伝承が残る

小栗判官の物語は、謀殺された小栗判官が地獄から蘇り、愛する照手姫と再会して復讐を果たすという物語で、中世以降大いに流行した。後に歌舞伎や浄瑠璃などの芸能の演目としても知られている。常陸国に存在した小栗城の城主である小栗満重や息子の小栗助重がモデルとされる。

 

当地は小栗判官終焉の地との伝承があり、圓福寺には小栗判官と照手姫のお像を祀る小栗堂が建つ。祀られている小栗判官と照手姫の両像は、大正時代に廃寺となった近隣の龍含寺から移されてきたお像であるという。

 

小栗判官の物語はフィクションであるが、毎年1月14日と6月14日には小栗判官と照手姫のお像を詣でる「小栗様」という風習が、かつてこの地域に伝えられていた。現在は、地域の方によって毎年6月に小栗判官と照手姫のお像にお赤飯がお供えされている。

感想■ご住職のお話しでは、小栗判官の物語が当地に伝わった際、当地の領主であった鳥羽田氏と結びつけられたため、大切に風習が伝えられてきたのではないかとのことでした。現在も毎年6月には、小栗判官と照手姫のお像にはお赤飯が供えられるということで、地域とお寺を繋ぐあたたかい逸話であると思いました。

不動堂

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地域の皆さんが五穀豊穣を祈る圓福寺最古の建物

不動堂は大正年間に建てられた圓福寺最古の建物。毎年5月1日には五穀豊穣を祈る御田植祭の護摩祈祷が、9月1日には、収穫に感謝する御祈祷が修されている。堂内には不動明王像を中心に、近隣の鹿島神社の御神輿や檀家の方が造立し奉納された仏様がお祀りされている。

感想■毎年田植えの時期と収穫の時期に五穀豊穣の御祈祷を行っているとお聞きしました。地域の皆さんの願いや祈りに満たされているお堂でした。

report

学生レポート

立命館大学 博士課程

今回の訪問では、国の重要文化財に指定されている阿弥陀如来坐像がたどってきた波乱の歴史や等身大で造立されたという阿弥陀如来立像の歴史が印象深く心に残っています。

大照院より移されてきたという歴史があると事前に知っていましたが、徳川斉昭公による大照院の衰退や圓福寺の火災からの復興など、様々な事柄が組み合わさり現在のように圓福寺にまつられているとお聞きし、造立されてから1000年近くこの阿弥陀如来坐像を人々が大切に想ってきたからこそ私たちがお参りすることができるのだと強く感じました。

また、本堂におまつりされている阿弥陀三尊像は坂東の地で親鸞聖人を手助けした僧侶の方の娘さんの等身大であるとお聞きし、いかに当時親鸞聖人の信仰が坂東の地で受け入れられていたかを実感する仏さまでした。また、東日本大震災の際、お寺の屋根瓦などに被害があった一方で、この阿弥陀三尊像は展覧会に向けて前日に搬出されたことで被害を受けずに済んだお話を伺い、東日本大震災の被害の大きさを実感するとともに仏さまは無事であったことの凄さに驚きました。

history

ご由緒

圓福寺(えんぷくじ)は慈覚大師円仁によって開創されたと伝えられている古刹。立石寺(山寺)を創建した後、比叡山に戻る途中で当地に差し掛かった慈覚大師の前に阿弥陀如来が出現し、当地に阿弥陀如来像を祀るように告げられたという。慈覚大師は、そのお告げに従って阿弥陀如来像を造立し、寺院を創建。中世には、当地の領主であった鳥羽田氏によって大般若経が寄進されるなど庇護を受けたが、火災や天災により慈覚大師御作の阿弥陀如来像をはじめ歴史を物語る史料などは失われてしまった。江戸時代末期の嘉永年間、当時の住職隆昌が水戸東照宮別当寺の大照院に置かれていた阿弥陀如来坐像を水戸徳川家から拝領し、圓福寺の御本尊として今日まで伝えられている。

info

参拝情報

名称
法睿山高岳院圓福寺
(ほうえいざん こうがくいん えんぷくじ)
所在地
茨城県東茨城郡茨城町鳥羽田656
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参拝時間
阿弥陀如来像拝観の場合は事前にお申し込みください
宗派
天台宗
御本尊
阿弥陀如来
宝物殿
なし
アクセス
■公共交通機関
JR水戸駅下車後、関東鉄道バス紅葉線乗車「鳥羽田」バス停下車。その後徒歩約20分。
■車
茨城空港北ICより約1.8 km。
駐車場
あり

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