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聖天様を中心に諸国を渡り歩いた魅力的な仏様たちをおまつりする

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やましなしょうてんそうりんいん

山科聖天 双林院

京都府京都市山科区

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京都五箇室門跡の一つである毘沙門堂門跡。多くの参拝者が集う毘沙門堂門跡からさらに奥に歩みを進めると毘沙門堂門跡の塔頭寺院として開創された山科聖天双林院にたどり着きます。聖天様を中心に様々な仏様がおまつりされている境内には、全国から参拝者が集います。
  • 阿弥陀堂

巡りポイント

公遵法親王(こうじゅんほっしんのう)の念持仏と伝えられているご本尊・大聖歓喜天様を中心に、「光坊の弥陀」と親しまれ湖東三山・西明寺から移されてきたという阿弥陀如来様、比叡山焼討ちで燃え残った仏像を組み合わせて造立したという不動明王様など様々な仏様がおまつりされている双林院。境内には祈りの空間が広がっています。

ご本尊・大聖歓喜天と聖天堂(本堂)

  • ご本尊・大聖歓喜天と聖天堂(本堂)
    聖天堂(本堂)
  • ご本尊・大聖歓喜天と聖天堂(本堂)
    御本尊・大聖歓喜天様をおまつりする赤い円壇
  • ご本尊・大聖歓喜天と聖天堂(本堂)
    十一面観音立像
  • ご本尊・大聖歓喜天と聖天堂(本堂)
    十一面観音立像
  • ご本尊・大聖歓喜天と聖天堂(本堂)
    歓喜童子坐像
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ご本尊・大聖歓喜天を中心に100体以上の聖天様がおまつりされる

ご本尊・大聖歓喜天は、中御門天皇の第二皇子である公遵法親王の念持仏であったと伝わる仏様。明治元年(1868)、清水谷公正(しみずだにきんなお)卿が御所での仕事を退職される際に、聖天堂(本堂)とともに双林院に寄進をした。 歓喜天は、ヒンドゥー教の神であるガネーシャに由縁のある仏様。非常に力のある神様であるが同時に悪さもしたことから、他の神様はガネーシャに毒饅頭を食べさせた。毒で苦しんでいたところ、十一面観音が現れ、仏法に帰依するのであれば助けると伝えたという。十一面観音の言葉を承諾したガネーシャは、十一面観音がすすめた山中の油の池に入ったことで無事に回復できたという。二体の抱擁神である歓喜天の姿は、毒から回復し喜び抱擁しているガネーシャと十一面観音の姿を表していると言われている。 堂内には寺院や信者の方から寄進された聖天様が100体以上おまつりされている。その聖天様のなかには、武田信玄公が兜に入れて戦場を共にしたと伝えられている聖天様もまつられているという。他には、聖天様とゆかりの深い十一面観音立像や聖天様のお前立とされる歓喜童子像がおまつりされている。

感想■抱擁されている聖天様のお姿が、毒が回復したことを喜ぶ十一面観音様とガネーシャの姿を表しているという点に興味を抱きました。異なる宗教の神々や仏が融合・調和して発展してきたという仏教の歴史を体現しているかのように感じました。 また、「尖ったモノが嫌い」という聖天様のために、円い台座や境内に松が1本も植えられていないと伺い、双林院を構成する1つ1つに意味があるということに驚くとともに非常に興味を持ちました。

木造阿弥陀如来坐像(お盆・春秋彼岸施餓鬼会法要時、回向申込者のみ参拝可能)

  • 木造阿弥陀如来坐像(お盆・春秋彼岸施餓鬼会法要時、回向申込者のみ参拝可能)
  • 木造阿弥陀如来坐像(お盆・春秋彼岸施餓鬼会法要時、回向申込者のみ参拝可能)
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諸国を渡り歩いた「光坊の弥陀」

阿弥陀堂におまつりされている阿弥陀如来坐像は、平安時代後期に造立されたと考えられている仏様。「光坊の弥陀」と呼ばれ親しまれている。双林院が創建された当初のご本尊であり、双林院の創建に伴い滋賀県の湖東三山・西明寺から移されてきたと伝えられている。また、西明寺でまつられる以前は比叡山でおまつりされていた仏様ではないかという指摘もされている。現在、全身が金箔で覆われ金色に光り輝くお姿であるが、もともと金箔に覆われていなかったという。金箔に覆われていることで、お像を構成する部材が風化から保護されているという。

感想■金色に光り輝く阿弥陀様のお姿と阿弥陀様の穏やかな眼差しが印象深く心に残っています。ご住職のお話しの中で、「金箔に覆われていることで、1000年前の造立当初の姿を保つことができている」とお聞きし、金箔に仏様の美しさを増幅させる視覚的な効果だけでなく、お姿を維持するという役割もあるという視点に感銘を受けました。

木造不動明王坐像

  • 木造不動明王坐像
  • 木造不動明王坐像
  • 木造不動明王坐像
  • 木造不動明王坐像
    頭部後ろ側に螺髪が確認できる
  • 木造不動明王坐像
  • 木造不動明王坐像
  • 木造不動明王坐像
  • 木造不動明王坐像
    准胝観音坐像
  • 木造不動明王坐像
    弁財天坐像
  • 木造不動明王坐像
    不動堂
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比叡山焼討ちを今に伝えるお不動様

不動堂には、明治16年(1883)、千日回峰行者であった第24代住職が比叡山無動寺より勧請した不動明王坐像がおまつりされている。不動堂は、護摩を焚くために屋根の最上部が煙突になっている点が特徴。 昭和54年(1979)に大仏師・西村公朝師により実施された修復により、この不動明王坐像は、もともと異なる仏様を構成していた300以上の部材を組み合わせて造立されていることが判明した。面部は愛染明王と馬頭観音を組み合わせ、頭部右後ろには如来のような螺髪が確認されている。また、頭頂部には楊枝状の部材が100本近く納められていることが判明した。これはできるだけ多くの部材を使おうと苦心したことを示しているのではないかと推測されている。双林院に勧請される以前は比叡山でおまつりされていたことをふまえ、この不動明王坐像を構成する部材は、織田信長による比叡山焼討ちによって破損した仏像の部材ではないかと考えられている。 不動明王の左右には、軍荼利明王・大威徳明王・降三世明王・金剛夜叉明王がおまつりされるほか、宇賀神を頭上に乗せる弁財天や准胝観音がおまつりされている。

感想■異なる仏像の部材をこれほどまでに組み合わせて造立された仏様はこのお像だけだとお聞きしました。この特徴あるお不動様が造立された理由として、「災いの種を焼き尽くし、比叡山を様々な災いから守る」という願いが込められているのではないかとご住職の意見に感銘を受けました。力強さを感じさせるお不動様の眼差しは、当時の人々がこのお不動様に込めた願いを私たちに訴えているかのように感じました。

境内の諸仏・諸神

  • 境内の諸仏・諸神
    八ッ房龍神
  • 境内の諸仏・諸神
    太郎須大明神
  • 境内の諸仏・諸神
    稲荷大明神(荼枳尼天)
  • 境内の諸仏・諸神
    お滝不動
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山科聖天の祈りの空間を形作る様々な仏様と神様

双林院の境内には、様々な仏様や神様がまつられている。歓喜天守護神として知られる八ッ房龍神や太郎須大明神をはじめ、滝行を体験できる滝におまつりされる「お滝不動」や地蔵菩薩、稲荷大明神(荼枳尼天)がおまつりされている。

感想■境内各所に様々な仏様・神様がおまつりされており、多様な人々の多様な信仰を受け止めてきた双林院の歴史を感じました。現在、毎月1回恒例の「お掃除会」を催しているそう。関西の方だけでなく日本各地からお越しいただいていると伺い、双林院の多くの信仰を受け止める歴史があるからこそ、現在もたくさんの人々の拠り所となっているのだと思いました。

report

学生レポート

立命館大学 博士課程

今回の訪問では、本尊である聖天さまや「光坊の弥陀」と称される阿弥陀如来坐像、無動寺から移されてきた不動明王坐像など山科聖天にておまつりされる仏さまがたどってきた歴史や荘厳に秘められた意味や、全国から集まるというお掃除ボランティアについて興味を抱きました。
 最初にお参りさせていただいた阿弥陀如来坐像は、金色に光り輝くその美しいお姿に息を呑みました。その金色は明治時代頃に施されたものではないかとのことでしたが、金色に覆われることにより虫害や気温の変化から仏さまを守る効果があるとお聞きし、仏さまの姿を未来へ繋ぐ人々の気持ちに触れた心地がしました。また、西明寺から移されてきた仏さまであるとお聞きしていましたが、それ以前に比叡山におまつりされていた可能性があるとお聞きし、場所を移しながら今に伝えられてきたことの凄さに圧倒されました。
 護摩堂におまつりされている不動明王坐像の特徴的な姿も心に刻まれています。この不動明王坐像を解体修理した際に、最初から不動明王像を構成するために彫られた部材ではなく、さまざまな仏さまの部材をできる限り用いるように工夫していること、構成する部材には焼けた跡や損傷している箇所があること、組み込めなかった部材は楊枝状に加工して頭部の頂点部分におさめられていることが判明し、このことから、織田信長による焼き討ちによる被害を被った仏像を組み合わせて一体の不動明王を造立したのではないかと考えられているとお聞きしました。実際に側面などを詳細に見てみると、通常の不動明王像ではみられない螺髪が部分的に確認できました。ご住職のお話では、このような争いが起こらないように造立されたのではないかとのことで、この不動明王像の眼差しに触れると争いが日常的に勃発していた戦国時代に平和を願った人々の祈りに触れた心地がしました。

history

ご由緒

寛文5年(1665)に公海大僧正により毘沙門堂門跡の塔頭の一つとして創建された。創建時の本尊は、現在の阿弥陀堂におまつりされている阿弥陀如来坐像で湖東三山として知られる西明寺から移してきたとされる仏さまである。その後、明治元年(1868)、中御門天皇第二皇子である公遵法親王(こうじゅんほっしんのう)の念持仏である大聖歓喜天が清水谷公正(しみずだにきんなお)卿の寄進による聖天堂におまつりされ、現世利益の仏さまとして大いに信仰を集めている。聖天堂には約100体の聖天像がおまつりされている。また、不動堂には比叡山焼き討ちの際、損傷した仏像の部材を組み合わせて造立されたと伝わる不動明王坐像をはじめとする五大明王がおまつりされている。

info

参拝情報

名称
護法山双林院
(ごほうざんそうりんいん)
所在地
京都府京都市山科区安朱稲荷山町18−1
googleMAP
参拝時間
9:00 - 16:00 (開門は8時)
拝観料
宗派
天台宗
御本尊
歓喜天(聖天)
宝物殿
なし
アクセス
■公共交通機関
①京都市営地下鉄東西線「山科」駅下車。その後北へ徒歩約15分
②JR東海道本線(琵琶湖線・湖西線)「山科」駅下車。その後北へ徒歩約15分
③京阪京津線(大津線)「京阪山科」駅下車。その後北へ徒歩約15分
④京阪バス「山科駅」バス停下車。 その後北へ徒歩約15分
■車
名神高速道路「京都東IC」下車後、約10分
駐車場
あり(自家用車5台分、無料)
Webサイト
https://yamashina-syouten.com/
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