ご本尊・大聖歓喜天は、中御門天皇の第二皇子である公遵法親王の念持仏であったと伝わる仏様。明治元年(1868)、清水谷公正(しみずだにきんなお)卿が御所での仕事を退職される際に、聖天堂(本堂)とともに双林院に寄進をした。 歓喜天は、ヒンドゥー教の神であるガネーシャに由縁のある仏様。非常に力のある神様であるが同時に悪さもしたことから、他の神様はガネーシャに毒饅頭を食べさせた。毒で苦しんでいたところ、十一面観音が現れ、仏法に帰依するのであれば助けると伝えたという。十一面観音の言葉を承諾したガネーシャは、十一面観音がすすめた山中の油の池に入ったことで無事に回復できたという。二体の抱擁神である歓喜天の姿は、毒から回復し喜び抱擁しているガネーシャと十一面観音の姿を表していると言われている。 堂内には寺院や信者の方から寄進された聖天様が100体以上おまつりされている。その聖天様のなかには、武田信玄公が兜に入れて戦場を共にしたと伝えられている聖天様もまつられているという。他には、聖天様とゆかりの深い十一面観音立像や聖天様のお前立とされる歓喜童子像がおまつりされている。
感想■抱擁されている聖天様のお姿が、毒が回復したことを喜ぶ十一面観音様とガネーシャの姿を表しているという点に興味を抱きました。異なる宗教の神々や仏が融合・調和して発展してきたという仏教の歴史を体現しているかのように感じました。
また、「尖ったモノが嫌い」という聖天様のために、円い台座や境内に松が1本も植えられていないと伺い、双林院を構成する1つ1つに意味があるということに驚くとともに非常に興味を持ちました。