「歴史を繋いだ想いを未来へつなげる」日本文化の魅力交流ポータル

  • Instgram
  • facebook

尾張の人々を山上から見守り続ける古刹

いいね 1

りゅうせんじ

龍泉寺

愛知県名古屋市守山区

  • 行きたい
  • 行った
龍泉寺は、伝教大師最澄がこの地で出会った馬頭観音様をおまつりしたことに始まる古刹です。熱田神宮との関係も深く、熱田神宮の奥之院とも呼ばれてきました。尾張四観音の一つとして尾張に暮らす人々からの信仰の篤い古刹です。

巡りポイント

名古屋を見下ろす高台に伽藍を構える龍泉寺には、秘仏御本尊様を中心に、戦乱や戦争などを乗り越え、古代・中世から守り伝えられてきた仏様や建物が伝えられています。現在、龍泉寺は「猫の寺」としても有名で、穏やかな日差しのもと、荘厳な伽藍の中で猫たちが悠々自適に暮らしています。

仁王門(国指定重要文化財)

  • 仁王門(国指定重要文化財)
    仁王門
  • 仁王門(国指定重要文化財)
    仁王像(阿形立像)
  • 仁王門(国指定重要文化財)
    吽形立像
  • いいね

龍泉寺の入口に建つ堂々たる門

龍泉寺の仁王門は、二層の構造をとる楼門で、薄く削った木材を屋根に葺く杮葺きの建物。一層部分の正面は三間で、正面に扉を設けている。天井裏から、慶長12年(1607)の日付が記されている棟札が発見されていることから、小牧長久手の戦いにより全山焼失した後の復興の際に当地に建立された建物であると考えられている。寺伝では、高針村(現在の名古屋市名東区)から移築したと伝えられており、室町時代に建立された建物を慶長年間に龍泉寺に移築した可能性も考えられている。

 

一層部分の左右には、仁王像をおまつりしている。向かって右側には口を開けて金剛杵を持つ阿形像を、向かって左側には口を閉じる吽形像が配置され、龍泉寺へ入る人々を見守っている。

感想■中世以来の歴史を伝える建物が伝えられていることに感動しました。仁王門の堂々たる姿、一層部分でにらみを利かせる仁王様の迫力に、自然と背筋が伸びる心地を抱きながら、境内へと足を踏み入れました。

本堂

  • 本堂
  • 本堂
    小判が入っていた黄瀬戸の壷
  • 本堂
    本堂を飾る彫刻に表現される小判と黄瀬戸の壷
  • 本堂
    本堂を飾る彫刻に表現される小判と黄瀬戸の壷
  • いいね

小判によって再建された龍泉寺の中心となる建物

天正12年(1584)、小牧長久手の戦いの兵火による全山焼失後、慶長3年(1598)に秀純大和尚により伽藍が再建された。しかし、明治39年に放火により本堂は焼失してしまった。

 

当時の人々が失意の中焼け跡を整理していると、本堂が建っていた場所から黄瀬戸の壺が発見され、その内部を確認すると慶長小判98枚と大判切2枚が入っていた。人々はこの小判や大判切を用いて本堂を再建したという逸話が残り、小判や大判切が入っていたという黄瀬戸の壷が宝物館に展示されている。また、この逸話を伝えるように、本堂に施された彫刻には、黄瀬戸の壷に小判が入っている様子や黄金色の小判があらわされている。

感想■明治の火災という悲しい出来事により、焼失してしまった本堂でありますが、その下から小判が出てきたことにより、再建することができたというお話をお聞きし、運命的なことだと感じました。これは何かあったときにもお寺を伝えることができるような備えであり、龍泉寺というお寺を伝えていきたい人々の篤い思いからであるのだと思いました。

秘仏御本尊・馬頭観音像

  • 秘仏御本尊・馬頭観音像
  • 秘仏御本尊・馬頭観音像
    御本尊がおまつりされている厨子の精緻な組物
  • 秘仏御本尊・馬頭観音像
    お前立・木造馬頭観音菩薩立像
  • 秘仏御本尊・馬頭観音像
    お前立・木造馬頭観音菩薩立像
  • いいね

伝教大師とゆかりの深い馬頭観音様

龍泉寺の御本尊は馬頭観音様。金銅仏であると伝えられており、秘仏として厨子の内におまつりされている。厨子の前にはお前立仏の木造馬頭観音立像がおまつりされている。

 

龍泉寺の御本尊様と伝教大師には逸話が伝えられている。伝教大師が教えを広めるために全国を行脚しているとき、熱田神宮にお籠りになられ、「東の山の上に小さな観音様が出現している。その地へ赴き、その観音様をおまつりしなさい。」というお告げがあったという。伝教大師はこのお告げに従いこの地を訪れ、龍が住みついているという多々羅池(たたらがいけ)でお経を唱えると、龍が天に昇り、馬頭観音様が出現されたと伝えられている。伝教大師は、出現された馬頭観音様を丁重におまつりし、龍泉寺の歴史が始まったという。

 

また、弘法大師は、熱田神宮に参籠のおり熱田神宮に伝わっていた8本の御剣のうち3本をこの山に埋めたという伝承も伝えられていることから「熱田神宮の奥の院」とも呼ばれ、神様と仏様との距離が近い信仰が育まれてきた。このことを示すように、龍泉寺では、通常の合掌での祈りに加えて、神社のように柏手を打ってお参りすることが正式な祈りの作法であると伝えられている。

感想■御本尊様にまつわる様々な逸話を伺い、神様と仏様の距離の近さに驚きました。神様も仏様もどちらも大切な存在として人々の拠所とされてきた日本の祈りの歴史の一端を感じることができました。

【非公開】木造毘沙門天立像

  • 【非公開】木造毘沙門天立像
  • いいね

御本尊様の脇を固める凛々しい姿の毘沙門天様

御本尊様がおまつりされている厨子の隣には、脇侍として毘沙門天様がおまつりされている。右手で戟(げき)を掲げ、左手を腰にあてるお姿をされている。造立年代など詳細は明らかではないが、古来より龍泉寺でおまつりされている仏様である。

感想■本堂に安置されている毘沙門天様のお姿からは、勇ましさと穏やかさが感じられ、その魅力的なお姿に息をのみました。

【非公開】木造不動明王立像

  • 【非公開】木造不動明王立像
  • いいね

毘沙門天様とともに御本尊様の脇を固めるお不動様

御本尊様のお厨子の隣には、毘沙門天様とともに不動明王様が脇侍としておまつりされている。右眼で天を、左眼で地を見て世界の隅々まで見渡していることを表し(天地眼)、口を閉じ牙を上下に出すお姿をされている。毘沙門天様とともに造立年代など詳細は明らかではないが、古来より龍泉寺でおまつりされている仏様である。

感想■不動明王様のお姿を想像すると勇ましく威圧感を強く感じる印象を抱いていましたが、龍泉寺の不動明王様は勇ましさのなかに穏やかさも感じられ、包容力を感じられる不動明王様であると思いました。

【非公開】木造大黒天立像

  • 【非公開】木造大黒天立像
  • いいね

微笑みを浮かべる穏やかな大黒天様

本堂内部には、古来より龍泉寺でおまつりされてきた大黒天様がおまつりされている。頭には頭巾を被り、米俵の上に立ち、左肩に仏教で説かれる七種の宝である七宝(しちほう)が入っているとされる袋を担ぐ。

 

古来より、福徳や財運などの信仰を集めてきたという。

感想■目を細め、口を開けてほほ笑むお顔が印象的でした。その優しく穏やかなお顔からは、私たちと同じ目線にたち願いを受け止めてくださる温かさを強く感じました。

多宝塔

  • 多宝塔
  • 多宝塔
  • 多宝塔
  • いいね

曲線と直線が組み合わさる朱色が美しい塔

本堂の前に立つ多宝塔は、秀純大和尚による慶長3年(1598)の復興以降に建立され、明治年間に大修理が施されたと伝えられている建物。上層を円形、下層を方形(四角形)とした構造が特徴的な建物で、下層の中央に阿弥陀如来様がおまつりされている。

 

古来、大日如来様をおまつりしていた多宝塔が龍泉寺に建っていたが、天正12年(1584)の小牧長久手の戦いにより焼失してしまい、現在の多宝塔が再建されたという。

感想■上層が円形で下層が四角形の構造が興味深いと感じました。曲線部分も木材を用いていると伺い、木材の形状を自由自在に扱う匠の技術力を感じる建物でした。

鐘楼

  • 鐘楼
  • 鐘楼
  • いいね

「あしたはきっと幸せになる鐘」

多宝塔の隣に建つ鐘楼は、「あしたはきっと幸せになる鐘」と名付けられ、濃尾平野を見渡しながら誰もが鐘を撞くことができる。

 

幸せに“なる”と鐘が“鳴る”をかけているとのことで、そのシャレも込みでご参拝の皆さんに親しまれている鐘楼である。

感想■ご参拝の皆様がこの鐘を撞き、笑顔で帰られている光景が印象的でした。穏やかな鐘の音とともに、明日の幸せを願う素敵な場所でした。

【日曜日・祝祭日の開館】宝物館(龍泉寺城)

  • 【日曜日・祝祭日の開館】宝物館(龍泉寺城)
  • 【日曜日・祝祭日の開館】宝物館(龍泉寺城)
  • 【日曜日・祝祭日の開館】宝物館(龍泉寺城)
  • 【日曜日・祝祭日の開館】宝物館(龍泉寺城)
    奉納された刀剣や絵画
  • 【日曜日・祝祭日の開館】宝物館(龍泉寺城)
    木造阿弥陀如来坐像
  • 【日曜日・祝祭日の開館】宝物館(龍泉寺城)
  • いいね

城跡の歴史を伝える

龍泉寺が伽藍を構える場所は小高い山の上で見晴らしがよく、戦乱の世では軍事拠点となっていた。弘治2年(1556)、織田信長公の弟である信勝公が当地に築城したと伝えられるほか、天正12年(1584)の小牧長久手の戦いでは出城として整備され、羽柴秀吉が陣を構えたと伝えられている。境内東側には空堀の遺構が残る。

 

昭和39年(1964)、龍泉寺の宝物を公開するために、天守を模した宝物館が建立された。宝物館内には、龍泉寺に伝えられてきた仏様や寄進された様々な宝物が展示されている。

感想■お城の形をした面白い宝物館であると思いましたが、まさかこの場所に元々実際のお城が建てられていたとは思いませんでした。この形からも龍泉寺が建つ地が様々な歴史の舞台となってきたことを実感できるようでした。

円空仏(名古屋市指定文化財)

  • 円空仏(名古屋市指定文化財)
    中央:木造馬頭観音菩薩立像、左:木造熱田大明神立像、右:木造天照皇大神立像
  • 円空仏(名古屋市指定文化財)
    中央:木造馬頭観音菩薩立像、左:木造熱田大明神立像、右:木造天照皇大神立像
  • 円空仏(名古屋市指定文化財)
    木造熱田大明神立像
  • 円空仏(名古屋市指定文化財)
    木造天照皇大神立像
  • 円空仏(名古屋市指定文化財)
    千体仏
  • 円空仏(名古屋市指定文化財)
    千体仏
  • 円空仏(名古屋市指定文化財)
    千体仏
  • いいね

円空さんの強い祈りがこもる

龍泉寺には、江戸時代に活躍した僧侶・円空が造立した様々な仏様・神様のお像が伝えられている。

 

宝物館には、馬頭観音様を中心に、天照皇太神様と熱田大明神様を左右に配置するお像がおまつりされている。この三尊のお姿は、円空自身の心で感じ得たお姿を彫られたと伝えられている。

 

日本国内の展覧会に加えて、海外の博物館・美術館で開催された大規模な展覧会にも複数回出張されたことがあり、海外の人々からも親しまれている仏様である。

 

また、千体仏と呼ばれる小さな仏様が約600体伝えられている。1体1体異なる表情や姿をされている点が特徴の仏様である。

感想■1メートルを超える大きさの三尊のお姿から力強さを感じました。この三尊形式も珍しく、円空さんの信仰のあり方を感じることができるとともに、祈りの尊さも感じることができるようでした。

木造地蔵菩薩立像(国指定重要文化財)

  • 木造地蔵菩薩立像(国指定重要文化財)
  • 木造地蔵菩薩立像(国指定重要文化財)
  • 木造地蔵菩薩立像(国指定重要文化財)
  • いいね

『沙石集』をまとめた無住和尚の造立との伝承が残る

宝物館におまつりされている2体の地蔵菩薩様のうち、大らかな表情と衣の表現が特徴的な地蔵菩薩様は出世地蔵尊として信仰を集めている。

 

お像の背中側には、国語の教科書などに掲載される『沙石集』をまとめた無住和尚が造立した旨の銘文が残る。

 

右手には錫杖を、左手には宝珠を持ち、胸元には瓔珞(ようらく)を身に着ける。

感想■大らかな表情と衣の表現が魅力的で、私たちと距離感の近いお地蔵様であると感じました。「出世地蔵尊」と呼ばれている由緒にも興味を持ちました。

木造地蔵菩薩立像

  • 木造地蔵菩薩立像
  • 木造地蔵菩薩立像
  • 木造地蔵菩薩立像
  • 木造地蔵菩薩立像
  • いいね

すらりと立つ凛々しいお地蔵さま

宝物館におまつりされている2体のお地蔵さまのうち、凛々しいお顔立ちが特徴の地蔵菩薩様。鎌倉時代末期頃に造立されたと考えられている。右手に錫杖を持つお姿をされている。

感想■すらりとした美しく凛々しい立ち姿が印象的なお地蔵様でした。様々なお地蔵様がおまつりされていることから、中世の龍泉寺ではお地蔵様に対する信仰が盛んだったのかなと想像の翼を広げました。

幡龍

  • 幡龍
  • いいね

宝物館を守護する迫力ある龍の姿

宝物館天井には、森村冝稲氏により龍の姿が描かれている。森村冝稲氏は明治時代から昭和の前期にかけて活躍した日本画家であり、明治神宮聖徳記念絵画館に飾られている絵画のうち「農民収穫御覧」を制作しているなど、当時を代表する画家の一人である。

 

雲の漂う中に姿を見せる龍の姿が描かれており、龍泉寺の鬱蒼とした森林から着想を得て描いた龍の絵であると伝えられている。

感想■天井に描かれた龍の姿からは静謐さとともに強い威圧感を感じ、今まで守られてきた龍泉寺の宝物たちをより強固に守ってくださっているように感じました。

展望台

  • 展望台
  • 展望台
  • いいね

穏やかな癒しの光景が広がる

龍泉寺展望台からは、西には高層ビルが並び立つ名古屋市中心部、北には小牧山や金華山、天気が良い日には、霊山として知られる加賀の白山が見える。

 

第二次世界大戦時はこの周辺に軍需工場が建てられており、軍需工場を標的とした爆撃があったという。広島・長崎に原子爆弾が投下される直前には、川を挟んで反対側にあった軍需工場には模擬爆弾が投下され、対岸にある龍泉寺にも模擬爆弾の破片が飛んできたこともあった。

 

今日では、ゆったりと流れる庄内川と遠くに臨む雄大な山々のもとで鳥がさえずり四季折々の花々が彩る穏やかな光景が広がっている。

感想■ご訪問の際に先代住職様より伺った戦争時のお話が強く印象に残っています。穏やかな光景が広がる場所に戦争の記憶が残されていることを学び、いつまでもこの穏やかな光景が続く平和な世としたいと思いました。

『猫寺』龍泉寺

  • 『猫寺』龍泉寺
  • 『猫寺』龍泉寺
  • 『猫寺』龍泉寺
  • いいね

龍泉寺でのんびり暮らす猫たち

龍泉寺は『猫寺』としても人気である。猫たちが境内で好きなようにのびのびと暮らしており、天気の良い日には、参道でぬくぬくと日向ぼっこをしていたり、参拝者の方々に甘えている様子も見ることできる。

感想■境内にはたくさんの猫がおられ、悠々自適に過ごしており、可愛かったです。猫が広々とした境内をゆったりとしている姿をみると穏やかな気持ちになり、癒されました。

report

学生レポート

立命館大学博士課程

立命館大学博士課程

龍泉寺を訪れて、まずその堂々としたたたずまいと、境内の明るく印象的な色彩に心を惹かれました。猫や鐘、塔に宝物館、見晴らしの良い高台、そして昭和の電話ボックスまで――ひとつひとつが個性にあふれ、忘れがたい魅力を放っておりました。

先代ご住職さまは、礼儀正しくも品格に満ちたお姿で、日本の僧侶が体現する儀礼の美しさに、自然と敬意が芽生えました。現ご住職さまはとても親しみやすく、特に馬頭観音に対する研究の真摯な姿勢には深く心を打たれました。

また、先代ご住職さまのお言葉からは、寺の隅々に息づく名古屋の歴史の重み、そして平和への切なる願いが伝わってまいりました。改めて、私たちはお寺という場所から、歴史だけでなく、人々の平和への願いや、苦しみを超えようとする心のあり方など、今を生きる感情までも学べるのだと実感いたしました。

history

ご由緒

延暦14年(795)、熱田神宮に参籠していた伝教大師により開創された。伝教大師は参籠中に龍神のお告げを受け、多々羅池(たたらがいけ)より出現した金銅製の馬頭観音像を本尊として龍泉寺を創建したという。また、熱田神宮に参籠していた弘法大師が、熱田神宮にまつられていた8本の御剣のうち3本を当地に埋納したと伝えられていることから、「熱田神宮の奥の院」として親しまれてきた。

 

天正12年(1584)の小牧長久手の戦い際に伽藍が焼失したが、慶長3年(1598)に秀純大和尚が伽藍を復興。江戸時代には「尾張四観音」の1つとして多くの人々が参拝したという。明治39年には、放火により多宝塔・仁王門・鐘楼を除く伽藍が焼失してしまったが、本堂跡より慶長小判100枚が発見され、それを基金にして堂塔伽藍が復興された。

info

参拝情報

名称
松洞山 大行院 龍泉寺
(しょうとうざん だいぎょういん りゅうせんじ)
所在地
愛知県名古屋市守山区竜泉寺1丁目902
googleMAP
参拝時間
宝物館(日曜・祝日のみ開館):9:00~15:00
拝観料
宝物館:100円(お一人あたり)
宗派
天台宗
御本尊
馬頭観音
宝物殿
あり(日曜・祝祭日のみ開館)
アクセス
■公共交通機関
・ガイドウェイバス(ゆとりーとライン)
大曽根駅より竜泉寺口下車 徒歩3分
小幡緑地下車 徒歩7分
高蔵寺、志段味方面より竜泉寺口下車 徒歩3分
・市バス
名鉄小幡駅より守山行き 小幡緑地下車 徒歩7分

■車
・東名高速道路
守山スマートICで下り南西へ5分
・名二環(名古屋第二環状自動車道)
名古屋方面から小幡ICで下り 北へ3分
楠方面から松河戸ICで下り 東へ3分
駐車場
あり
Webサイト
https://www.ryusenji.com/

近くの寺院を巡ろう