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ご由緒
延暦14年(795)、熱田神宮に参籠していた伝教大師により開創された。伝教大師は参籠中に龍神のお告げを受け、多々羅池(たたらがいけ)より出現した金銅製の馬頭観音像を本尊として龍泉寺を創建したという。また、熱田神宮に参籠していた弘法大師が、熱田神宮にまつられていた8本の御剣のうち3本を当地に埋納したと伝えられていることから、「熱田神宮の奥の院」として親しまれてきた。
天正12年(1584)の小牧長久手の戦い際に伽藍が焼失したが、慶長3年(1598)に秀純大和尚が伽藍を復興。江戸時代には「尾張四観音」の1つとして多くの人々が参拝したという。明治39年には、放火により多宝塔・仁王門・鐘楼を除く伽藍が焼失してしまったが、本堂跡より慶長小判100枚が発見され、それを基金にして堂塔伽藍が復興された。
