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聖武天皇に嫁いだ姫の菩提を弔う古刹

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おやまじ

小山寺

茨城県桜川市

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茨城県桜川市に位置する小山寺は、天平7年(735)に聖武天皇の勅願寺として、行基によって開創されたと伝わる古刹です。この場所には継母にいじめられた『天音姫』という美女がおり、後に都へ上ると聖武天皇に寵愛を受けましたが、早くにお亡くなりになったと伝えられています。その菩提を弔うために建てられたのが、この小山寺。1300年以上経った今でも、天音姫の出身一族の末裔の方々との関係が紡がれ、天音姫に対する祈りが伝えられています。多くの人々の祈願所としても栄え、多くの人々に愛される寺院です。

巡りポイント

小山寺本尊の十一面観音菩薩様は62年に一度御開帳される秘仏で、行基菩薩によって彫られたとされる像です。ノミの跡を残す鉈彫像として貴重な仏様です。

 

また『天音姫』が眠る場所には、三重塔が建てられたといわれ、現在は同じ場所に室町時代に建てられた三重塔が建てられています。1300年という長い年月、小山寺は多くの人々の祈りの場所であり、多くの想いを受け止めてくれています。

本堂(茨城県指定文化財)

  • 本堂(茨城県指定文化財)
  • 本堂(茨城県指定文化財)
  • 本堂(茨城県指定文化財)
  • 本堂(茨城県指定文化財)
  • 本堂(茨城県指定文化財)
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江戸時代中期に造られた堂々たる本堂

小山寺本堂は、様式は和様を中心として部分的に唐様の手法が用いられた建築で、堂々たる五間仏堂である。丹や墨、胡粉等で彩色が施された彫刻類は極彩色であり、美しい。棟札があり、元禄10年(1697)に建立されたことも分かる貴重な建物である。

感想■本堂は、天井絵や欄間等きれいな絵や彫刻があり、圧倒されるようでした。五間という立派な大きさのお堂であり、小山寺というお寺の信仰の篤さを物語っているように思いました。

秘仏御本尊・木造十一面観音菩薩坐像(茨城県指定文化財)

  • 秘仏御本尊・木造十一面観音菩薩坐像(茨城県指定文化財)
    秘仏御本尊様のお姿
  • 秘仏御本尊・木造十一面観音菩薩坐像(茨城県指定文化財)
    本堂内陣
  • 秘仏御本尊・木造十一面観音菩薩坐像(茨城県指定文化財)
    お前立・十一面観音菩薩立像
  • 秘仏御本尊・木造十一面観音菩薩坐像(茨城県指定文化財)
    お前立・十一面観音菩薩立像
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62年に一度御開帳の鉈彫像

平安時代に造られた十一面観音立像で、像高200.5㎝の大きな像である。ケヤキ材を用いた一木造で素地を呈する。この像は像の表面にノミの跡を残してあらわす鉈彫像の作品として貴重な像である。 行基自作の像であるという伝承があり、62年に一度ご開帳が行われる秘仏である。普段は閉じられた厨子の中に安置されており、厨子の前にはお前立が安置されている。

 

秘仏御本尊様は『天音姫』を弔うために造立された像であるとされ、御本尊様を御開帳する際には、天音姫が生まれた一族の末裔の方々にに相談することとなっている。また、勝手に御開帳を行うと末裔の方々の家に災いが生じるということで、生家に住職が赴き藁で家を作り儀式を行う習わしが伝承されている。

感想■秘仏本尊であり、拝見することができなかったのですが、『天音姫』を弔うために造立された像であるために、現在も御開帳の際には末裔の方々の当主にお伺いをたて、儀式を行うとお聞きし驚きました。聖武天皇の時代と聞くと果てしなく昔のことであり、伝説的な話のように感じますが、現在もその繋がりが維持され続いていることに驚くとともに、この十一面観音さまをぜひ御開帳の際にお参りしたいと思いました。

木造不動明王立像(茨城県指定文化財)

  • 木造不動明王立像(茨城県指定文化財)
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穏やかでおっとりとしたお不動さま

慈覚大師円仁が東北を巡礼した際に、秘仏本尊様の脇侍として毘沙門天像とともに造像したと伝わる像である。  

 

顔をしかめ睨みつけているものの、優しさも感じさせる表情である。衣の襞は多くあらわさずシンプルなとした衣文表現である。体部の落ち着いた表現や柔らかい印象を感じさせる表情から平安時代に造られた像であるとされる。

感想■にらみつけている表情の不動明王様ですが、顔正面中央から左右に巻かれた髪の毛や、表情から少年が拗ねたような印象を受け、かわいらしさも感じました。お不動さまというと怖い印象を受けることの多いですが、小山寺のお不動さまは親しみやすいお像でした。

木造毘沙門天立像(茨城県指定文化財)

  • 木造毘沙門天立像(茨城県指定文化財)
  • 木造毘沙門天立像(茨城県指定文化財)
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強くにらみつける毘沙門さま

元々は、慈覚大師円仁が東北を巡礼した際に、秘仏御本尊様の脇侍として不動明王像とともに造像したと伝わる像であった。

 

現状は素地を呈し、眼や唇に彩色が施されている。甲を纏う姿は写実的であり、鎌倉時代に造られた像であるとみられる。

感想■親しみやすく感じた不動明王に対し、毘沙門天立像は、大きく眼を見開き見つめる姿や写実的な甲の表現から威厳を感じる像であるように思いました。

木造薬師如来立像

  • 木造薬師如来立像
  • 木造薬師如来立像
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すらりとした立ち姿が美しいお薬師さま

本堂須弥壇上に安置される薬師如来立像である。両肘を曲げ、胸付近まで上げて前方に出し、左手には薬壺を載せる。すらりとした立ち姿の1mほどの大きさのお像で、衣は厚く表現しており、写実的にあらわされている。鎌倉時代に遡る像であるとみられる。また周囲には僧形坐像などのお像がおまつりされている。

感想■須弥壇の上からみつめる薬師如来立像は写実的であり、布が厚くあらわされている中で衣の揺らぎも纏う衣がしっかりとした生地であるのを感じさせる表現が用いられているように感じました。仏像という彫刻の表現の中で、纏う衣の表現の違いを丁寧にあらわしているように感じ、興味深かったです。

三重塔(国指定重要文化財)

  • 三重塔(国指定重要文化財)
  • 三重塔(国指定重要文化財)
    釈迦三尊像(非公開)
  • 三重塔(国指定重要文化財)
    1層目の折り上げ小組格天井(非公開)
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    心柱(非公開)
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天音姫の菩提を弔う美建築

三重塔は、相輪宝珠の刻銘から寛正六年(1465)に多賀谷朝経が大檀超となり、大工棟梁宗阿弥家吉等によって造営されたことが分かる。室町時代の三重の塔の現存例は少なく、特に東日本では中世に建立された三重塔は少ないため、中世の信仰を伝える建物として貴重な建物である。

 

『天音姫』は行基によりこの場所に埋葬されたと伝わり、その上に三重塔が建てられたという。当時の三重塔は現存していないが、三重塔の場所は変わっていないとみられ、三重塔の下に天音姫は眠っているという。

 

三重塔内部には、釈迦三尊(中尊:釈迦如来、脇侍:普賢菩薩・文殊菩薩)がまつられている。

感想■室町時代に建てられた三重塔が残り、造立された年代や発願した人物まで分かるとお聞きし、大変貴重な塔であるのだと感じました。約600年もの長い年月この場所で守り続けてきた人々がいるからこそ残されていることに驚くと共に、この下で『天音姫』が眠っていると思うと感慨深いと感じました。

百観音堂

  • 百観音堂
  • 百観音堂
  • 百観音堂
    如意輪観音像
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西国・坂東・秩父の100の観音さまを一度におまいりできるお堂

百観音堂は、堂内中央に如意輪観音坐像を安置し、その後方に西国・坂東・秩父のそれぞれの札所の本尊をあらわした像がおまつりされている。

 

江戸時代に入ると盛んに観音巡礼が行われるようになった。しかし、観音巡礼を行うにはそれぞれの寺院を歩いてまわる体力や費用などの問題があった。そうした中で気軽にそれぞれの寺院をおまいりする功徳を得られるよう、このような観音堂が建てられた。

感想■中に入ると如意輪観音坐像とともに背後には100体もの観音さんがおまつりされており、圧巻でした。多くの人々が観音さんとの縁を結ぶことができるようこのお堂ができ、この場所で縁を結んでいかれたと思うと感慨深かったです。

仁王門・鐘楼(茨城県指定文化財)

  • 仁王門・鐘楼(茨城県指定文化財)
    仁王門
  • 仁王門・鐘楼(茨城県指定文化財)
    仁王門
  • 仁王門・鐘楼(茨城県指定文化財)
    仁王門
  • 仁王門・鐘楼(茨城県指定文化財)
    仁王像(阿形)
  • 仁王門・鐘楼(茨城県指定文化財)
    仁王像(吽形)
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    鐘楼
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    鐘楼
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地元の大工によって造られた大きな仁王門

仁王門は、大型の三間一戸の大型の楼門である。棟札から享保17年(1732)に造られたことが分かり、棟梁は近隣の笠間箱田村の藤田孫平次であるという。

 

解体修理により複数の年号が記されていたことから、建築に4年以上の年月を要したことが分かった。本堂から時代が下るが、本堂と近い手法が用いられている。

 

本堂付近に鐘楼がある。この鐘楼も手法から仁王門と同じころの建立であるとみられており、まとまったきれいな形をしている。

感想■小山寺は山の中腹にあり、大型の楼門を建てることは大変困難なことであったと思います。これだけの堂宇が揃い、信仰されていることに驚かされるとともに、小山寺が絶えず信仰の場として愛されてきたことを示しているのだと感じました。

木造涅槃像

  • 木造涅槃像
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流れるような衣の表現が美しいお釈迦さま

仁王門の楼上には木造涅槃像が安置されていた。等身大の像で、穏やかに眠る姿であり、体部に沿って流れる衣文が写実的にあらわされ、鎌倉時代に遡る可能性がある像である。現在は百観音堂に移されており、そちらで拝むことができる。

感想■仁王門の楼上に安置されていたという涅槃像は実際に人物が寝ているようであり、お釈迦さまがいるとしたら、このようなお姿をされているのかなと想像しました。 よく見てみると、わずかに左足の親指に力が込められており、実際の指の動きを詳細に表現していることに驚きました。

report

学生レポート

龍谷大学 4回生

知識を得ることは簡単だが、知恵に変えることが難しい。やはり実践することが一番、座学では得られない学びが沢山あると感じています。大学生活には多くの時間がありますが、その時間を「好き放題」に使うのではなく、「楽」ではなく「楽しむ」ことを大切にしていきたいと振り返ることができました。

ご住職は、捉え方次第で全てが変わるということを大切にされており、お話を聞いて改めて体感しました。「誰でも仏になれる」と言われるように課題に真正面から向き合うことで、日々の活力になるというメッセージだと感じました。「体験」を通じてやっと理解に繋がるということを実感できる機会になりました。

冨谷山の山間にあり、自然に恵まれ、穏やかでゆったりとした時間を過ごすことができます。是非、たくさんの方々に一度訪れてみていただきたいと思いました。

history

ご由緒

天平7年(735)、聖武天皇の勅願により、聖武天皇に嫁いだ「天音姫」の菩提を弔うために行基菩薩が開創したと伝えられている。行基菩薩は、都から数百の工人を率いて伽藍を整え、自刻の十一面観音坐像を安置し、「施無畏山宝樹院長福禅寺(せむいざんほうじゅいんちょうふくぜんじ)」と名付けたという。その後の平安時代末期、当地の領主・小山下野守朝政が篤く信仰し、寺号を「小山寺」に改めたと伝えられている。富谷山に伽藍を構えていることから、「富谷観音(とみやかんのん)」と呼ばれ信仰を集めている。

info

参拝情報

名称
施無畏山 小山寺
(せむいざん おやまじ)
所在地
茨城県桜川市富谷2186
googleMAP
参拝時間
9時~16時
(電話やHPのお問い合せフォームでのご相談は24時間受け付けております。)

電話:0296-75-4440
拝観料
志納
宗派
天台宗
御本尊
十一面観音
宝物殿
-
アクセス
■公共交通機関
JR水戸線「岩瀬駅」より徒歩で約1時間(約4.3km)。

■車
国道50号線 「つくば益子線」を北に進み、
・山を南から北に向かい登る道(旧道)は山道で道幅が狭いため、ご注意ください。
・山を西から東に向かい登る道(新道・富谷ふれあい公園)は片側一車線で、旧道より余裕がございます。
駐車場
あり
Webサイト
https://oyamaji.sakura.ne.jp/
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