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最澄の造像した薬師如来・千手観音像に始まる大牟田の古刹

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ふこうじ

普光寺

福岡県大牟田市

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福岡県大牟田市三池山に位置する「普光寺」は、最澄さんの造像した薬師如来像と千手観音像をおまつりしたことに始まります。境内には「臥龍梅(がりゅうばい)」という一本の木から大きく広がる梅の木があり、近隣のみならず幅広い地域から多くの人々が集まります。

巡りポイント

普光寺は伝教大師最澄によって薬師如来像・千手観音像が造られ、その像をまつる寺院を慈覚大師円仁が開山したことに始まる寺院です。様々な歴史を積み重ね、大牟田市市の指定文化財のうち7〜8割という多くの文化財も残す普光寺は樹齢500年にもなる梅の名所でもあります。有明海を望む普光寺から、これから中国へ渡ろうとした最澄・円仁の2人に思いを馳せてみませんか。

観音堂

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福岡県内で数少ない中世密教仏堂の形式を残す江戸時代建築

観音堂は17世紀中期(江戸時代前期)の建築で、中央部に四本の円柱、その周りを12本の角柱で囲む「一間四面堂」である。また前方の円柱を境に前後に分け、中世密教仏堂にみられる外陣・内陣を表す構成である。

類似する構成の建物は福岡県内で3つほどあるが、他の2つは改変が加えられており、原形を留める貴重な建築である。中にある厨子も江戸時代前期までさかのぼる可能性があるが、観音堂に対して大きく厨子の上部が収まっていない。江戸時代末から明治時代にかけて衰退したときに山内にある使える部材を集めてこのお堂を作ったためであると考えられている。

感想■小さいお堂の中には綺麗に彩色が残り、様々な種類の家紋が描かれていました。観音堂はたくさんの人が入ってお祈りするのではなく、殿様一人か二人が入ってお祈りしていたお堂であり、国境付近であることから領主の立花家や山伏らの情報交換の場になっていた可能性があると伺い、この小さなお堂の中で歴史が動いたのかもしれないと考えると感慨深かったです。

本尊・千手観音菩薩立像と毘沙門天立像・不動明王立像

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最澄によって造られたと伝わる千手観音

厨子の中に本尊である千手観音像が安置され、厨子の周りに不動明王像・毘沙門天像が安置される。この3駆で一具として造られたと考えられている。近年不動明王像・毘沙門天像を修理した際に江戸時代の修理銘が出てきている。 

最澄が中国へ渡る前に九州を周り、薬師如来像を造っていた際に、千手観音が自分も共にまつってほしいと現れたため、祠に薬師如来と千手観音をともに安置したという伝承が残る。

感想■観音堂の中央に千手観音がまつられ、その両脇に毘沙門天立像、不動明王立像がまつられていました。秘仏である千手観音像は拝観できなかったのですが、小さな観音堂の中で参拝すると厨子の扉が閉まりみることができないはずの千手観音さまを近くに感じられるようでした。

薬師如来坐像(福岡県指定文化財)

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平安時代から鎌倉時代に造られた薬師如来

平安時代末から鎌倉時代にかけての造像とみられる像で福岡県の有形文化財に指定される。当初はクス材の一木造であったとみられるが、現在は当初部が頭から胸部にかけての部分のみで、後にヒノキ材により修復が行われている。

最澄が中国へと渡る前の季節調節の間に九州の様々な場所を訪れ、造られた薬師如来像の一駆であるという伝承が残る。

感想■離れてみると修復が大規模に行われていることがわからないような像で、丁寧に修復が行われているのだと感じました。修復が行われた当時も、今までおまつりしていたお像をどうにか引き継ぎ構成に伝えるために修復を行い、拝観するときの違和感が軽減されるように新たな部分を足しているのだと感じ、今生きている人々もどうにか守り伝えていく必要があるのだと強く感じました。

金剛力士立像

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室町時代に造られた金剛力士像

仁王像は元は山門に安置されていたが、老朽化のため本堂に移された。この金剛力士像は火災にあい、吽形像体部に関しては大規模な修復も行われている。金剛力士像の阿形像頭部内面に「雲慶九代/時仏子法眼康永/弟子正永」、吽形像頭部内側に「奉造立仁王尊 住持澄全/干時文明五年己亥十一月十五 大勧進澄□/大願主源親澄幷良松丸」の銘が記される。この銘から文明十五年(一四七三)に運慶9代を名乗る康永によって造像されたことが分かる。康永は他に、和歌山県東光寺不動明王像、愛媛県雲門寺釈迦三尊像を造っている。

感想■室町時代の立派な金剛力士像ですが、危うくお焚き上げされそうになったことがある。寺総代が一度専門家にみてもらったほうがいいのではないかとの声が上がり、みてもらうと貴重なことがわかり現在に残されている。お寺には文化財と呼ばれるような古いもの・貴重なものが残っていることも多いのだと感じるとともに、それを守っていく・伝えていく人の協力も必要なことがあるのだと感じました。

慈覚大師円仁坐像(福岡県指定文化財)

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室町時代に造られた数少ない円仁坐像

慈覚大師円仁は、伝教大師最澄の高弟の一人で普光寺の開山である。最澄によって彫られた本尊を国守であった嵯峨天皇の皇孫、三毛中納言源師親がお寺として整備し、中国へ渡るために訪れていた円仁を開山として招いたとされる。

ヒノキ材による寄木造で玉眼を嵌入する。像内の墨書により「筑後国三池南郷普光寺/京五條富小路弁阿闍梨□作□之/正長二年八月廿日」の墨書銘があることから、室町時代の正長2年(1429)に京都で造られたことがわかる。

感想■面相部では目鼻及び口を大きく表現し、真剣な表情で正面を向く円仁坐像。表情は若々しい溌剌としており、体部は大きく安定感のある像であると感じました。円仁はこの地を訪れた後に中国へ旅立つことを聞き、これから行く中国への熱い想いが表現されているように感じました。

臥龍梅(福岡県指定天然記念物)

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樹齢400年の梅の大木

福岡県の天然記念物である臥龍梅は、樹齢500年にもなる梅の木である。臥龍梅の見頃は、例年3月の始めになる。臥龍梅は一本の木が大きく広がっており、何代にもわたり受け継がれ今のような形になったのだと考えられる。江戸時代の名所案内の中に「・・・三池山山中に蜘蛛が地を這うような梅木がある」との記載があり、そのころからの梅の名所である。観梅の時期には多くの人々が訪れ、多い時で20日間ほどの間で一万人ぐらいが訪れる。

感想■大きく広がる梅の林みたいな場所が、全て一本の木で広がっていることを聞き驚きました。例年でしたら満開の時期に訪問させていただいたのですが、訪問した年は開花時期が早く終わってしまっており、咲いている梅の花を拝むことはできなかったのですが、梅の木を整備している姿を拝見し、このような手入れがされてきたからこそ500年も梅の木が育って来たのだと感じることができ気持ちが温かくなりました。

report

学生レポート

奈良大学文学部文化財学科4年

ご住職に普光寺を案内していただくと、様々なお話を伺う中で、お寺という存在が地域とともにあるものであり、協力しあって今があるのだと強く感じました。仏像というものが現在にまで残り守られているのには、信仰の対象であったためであり、多くの思いが込められているのだと思います。それを後世に伝えていくためには、ただ文化財としての古さ・貴重さだけでない「信仰の対象」であることも重要であり、その両輪をうまく回していくことが必要であるのだと感じました。
普光寺からは有明海等広い範囲を望むことができました。なぜこの場所で最澄さんがこの場所で仏像を刻んだのか、なぜ円仁さんを招きいれることができたのか。大牟田の高い場所にある普光寺に実際に訪れてみると、様々な人々を思い仏像を造ったり、お寺を興したりして救いたいという思いとともにその先にある中国へ渡り、新たな仏教を学びより多くの人々を救いたいというそわそわした気持ちがあったように感じました。
 写経会や座禅会を周りの人々からの提案により始められ、これからも新たなものにチャレンジしていきたいということを伺いました。様々な人々の話を聞き、それを実行していく。こういったことが人々の心を動かしていき、協力の輪が広がっていくのだと思いました。

history

ご由緒

弘仁14年(823)、嵯峨天皇の孫にあたる従三位中納言源師親卿が千手観音の霊示により開いたと伝わる。その際、慈覚大師円仁を開山に迎えたという。往時は三宅郡の護国の寺となり、三院七坊をかかえる大寺として発展した。その後、三池大地震や複数の戦乱に巻き込まれたが、その都度領主により庇護を受け伽藍が復興されてきた。

info

参拝情報

名称
宇今山普光寺
(うこんざんふこうじ)
所在地
福岡県大牟田市今山2538
googleMAP
参拝時間
9:00~16:00
※観梅シーズン(2月中旬~3月上旬)10:00~16:00
拝観料

※観梅シーズン期間は観梅料が必要(中学生以上500円)
宗派
天台宗
御本尊
千手観音
宝物殿
なし
アクセス
【公共交通機関】JR大牟田駅から西鉄バス「普光寺」下車徒歩約15分
【自動車】九州自動車道 南関ICより20分
駐車場
有り
Webサイト
http://www.tendai924.com/hukouji/
備考
境内には「臥竜梅(県文)」、「飛梅(太宰府天満宮拝領)」「八光梅(樹齢300年)をはじめ約300本、30種の梅林があり、時期には梅の香りに包まれます。秋には130段の石段参道のもみじが紅葉しトンネルをを作ります。境内には「三池宮下社」もあり、年末年始には除夜の鐘、初詣でにぎわいます。