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ご由緒
用明天皇2年(587)、四天王寺建立のため京都盆地を訪れた聖徳太子が沐浴をするために念持仏である如意輪観音像を木に掛けたところ動かなくなり、この地で人々を救うとお告げがあったことから六角堂を造営し安置したという。創建より霊験あらたかな観音菩薩の霊地とされ、『今昔物語』や『梁塵秘抄』などにも記載され、関西地方の観音菩薩の霊地を巡る西国三十三所の第18番札所としても知られている。鎌倉時代には親鸞聖人が参籠したことでも知られており、境内の親鸞堂には親鸞聖人像がおまつりされている。室町時代には、京の町堂として町衆の信仰を集め、集会所や公民館のような機能も果たすようになったという。このことから、京都の中心の場所と認識されるようになり、祇園祭の山鉾巡行の順番を決めるくじ取り式は、江戸時代末まで六角堂で執り行われていた。創建時に聖徳太子が沐浴した池のほとりに小野妹子を祖とする僧侶の住坊が築かれ、「池坊」と呼ばれた。僧侶たちは仏前に供える花に様々な工夫をこらしたことから、室町時代頃に「いけばな」の文化が頂法寺で生まれ、江戸時代初期には池坊専好が立花を大成した。そのことから「いけばな」の発祥の地としても世界的に知られている。

