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聖徳太子が創建した「いけばな」発祥の地

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ちょうほうじ

頂法寺(六角堂)

京都府京都市中京区

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京都市街に伽藍を構える頂法寺(六角堂)は、聖徳太子により創建されてより1400年以上の歴史を紡いでいます。聖徳太子が自身の念持仏である如意輪観音像を安置してから歴史上に名前を残す人々だけでなく市中に暮らす民衆からも信仰をあつめ、関西地方を代表する観音霊場の一つとして西国三十三所の第18番札所にもなっています。また、この地で修業に励む僧侶が仏さまに花を供える中で様々な工夫をこらしたことから、この地で「いけばな」の文化が室町時代に生まれました。観音さまやいけばなの聖地となっている頂法寺の境内は、多くの人々でにぎわいます。

巡りポイント

巨大な六角形屋根が特徴的な本堂には、ご本尊・如意輪観音像をはじめ様々な仏さまがおまつりされています。さらに境内を巡ると聖徳太子をはじめ歴史上の人々が六角堂に参拝した痕跡に触れることができるだけでなく、いけばなの歴史を体感することができます。

ご本尊・如意輪観音像と本堂(京都市指定文化財)

  • ご本尊・如意輪観音像と本堂(京都市指定文化財)
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如意輪観音像をおまつりする六角形の御堂

境内中央に建つ本堂は、明治10年(1877)の再建された建物で手前に拝堂が付属している。六角形の由来として、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)により生ずる六欲を捨て去り円満になる「六根清浄を願う」を反映している形であると伝えられている。堂内中央には、ご本尊である如意輪観音坐像をおまつりする。ご本尊は聖徳太子の念持仏と伝わる。かつて四天王寺建立のための木材を探すために聖徳太子がこの地を訪れ沐浴をしたところ、木にかけていた念持仏が動かなくなりこの地で人々を救いたいと告げたため、聖徳太子が如意輪観音像をご本尊に六角堂を建てたことに始まるという。ご本尊は秘仏であるため厨子の内部におまつりされ、普段は厨子の前に安置されているお前立の如意輪観音像の姿を拝することができる。本堂の前には、平安時代初期の天皇である嵯峨天皇とご本尊との繋がりを示す柳が伝えられている。妃を探していた嵯峨天皇の夢枕に六角堂のご本尊が姿をあらわし、お告げをしたという。そのお告げに従い六角堂の柳に人を遣わすと柳の下に1人の女性が立っていたことから、その女性を妃としたという。この逸話より、この柳は「縁結びの柳」と呼ばれるようになったという。

感想■京都のランドマークの一つである六角堂の建物の形は以前より独特な形だと思っていましたが、その形に「六根清浄を願う」という意味が込められていることに驚きました。以前、仏さまの姿にはそれぞれ意味があると教えていただきましたが、仏さまをおまつりする建物の形にもその形となった意味や歴史があると気づかされ、他のお寺や神社の建物の形にも注目していきたいなと思いました。また、お前立の如意輪観音像からは決意に満ちた力強い眼差しを感じ、聖徳太子にこの地で人々を救うと告げた逸話の姿をあらわしているのかなと感じました。

毘沙門天立像(国指定重要文化財)と地蔵菩薩立像

  • 毘沙門天立像(国指定重要文化財)と地蔵菩薩立像
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如意輪観音像をお守りする2体の仏さま

ご本尊がおまつりされている厨子の左右には脇侍である毘沙門天立像と地蔵菩薩立像がおまつりされている。正面向かって左の厨子内に安置されている毘沙門天立像は、現状表面は古色を呈しているが、もともとは彩色が施されていたという。端正で穏やかな作風から十一世紀のおわりから十二世紀のはじめにかけて造立されたと考えられている。その時代に活躍した円派仏師、円勢周辺の作ではないかという指摘もされている。向かって右の厨子内には地蔵菩薩立像が安置されている。毘沙門天立像と同様に黒く古色を呈しているが、造立年代は不明であるという。

感想■毘沙門天立像が身に着ける鎧の立体的な表現に見惚れました。特に胸付近に結ばれた衣の表現は、実際に鎧の上に衣をまとっているかのような印象を受けるほどリアルで、一つの材より立体感を持って彫り出す当時の仏師の力量を感じさせました。また左側の立ち位置からご本尊の方向へにらみをきかす力強い眼差しも印象的でした。毘沙門天立像と対照的に地蔵菩薩立像は穏やかな印象を受け、左右で印象が対照的にな配置になっていることに当時の人々の感性が関与していたのかなと思いました。

太子堂と聖徳太子沐浴の古跡

  • 太子堂と聖徳太子沐浴の古跡
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六角堂を創建した聖徳太子の姿を今に伝える

本堂の背後の池には、朱塗りの建物と石でできた井筒が存在する。朱塗りの建物は太子堂と呼ばれ、内部には頂法寺を開いた聖徳太子をおまつりしている。このことから開山堂とも呼ばれている。太子堂には、太子が合掌して「南無仏」と唱えた様子を示した二歳像、用明天皇の病気平癒を祈る十六歳像、物部守屋との戦の様子を表す騎馬像の3つの姿の聖徳太子像がおまつりされている。石でできた井筒は聖徳太子沐浴の古跡とされ、創建の逸話の一場面である聖徳太子が沐浴した場所として大切に守り伝えられてきたという。

感想■六角堂において、いかに聖徳太子が大切な存在であるかを感じさせられる場所でした。仏教をもとに政治を行った聖徳太子のお像は様々なお寺におまつりされ参拝してきましたが、1つのお堂の中に異なる3つのお姿のお像がおまつりされている場所は初めてで、それぞれの姿の聖徳太子に人々は多様な願いを受け止めていただいていたのかなと想像しました。

親鸞堂

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ご本尊と親鸞聖人の繋がりを今に伝える

本堂の東側には、鎌倉時代に頂法寺を参拝した親鸞聖人のお像をおまつりする親鸞堂が建てられている。鎌倉時代、比叡山から修行をしていた親鸞聖人は建仁元年(1201)六角堂に100日間参籠し、95日目に夢告があったという。その夢告を受けて法然上人のもとへと通うようになったと伝えられている。親鸞堂の内部には、2つのお姿の親鸞聖人像がおまつりされており、それぞれ草鞋を履いて比叡山から六角堂へ向かう姿、夢の中でお告げを受けている姿とされる。このことから、それぞれのお像は「草鞋の御影」、「夢想之像」と呼ばれている。

感想■親鸞聖人が六角堂に参籠し、お告げを受けるというお話は親鸞聖人の絵巻物などで知っていました。六角堂にそのときの親鸞聖人のお姿がおまつりされているとお聞きし、六角堂は宗派関係なく多くの人々から信仰を集めてきたのだと感じました。

池坊会館といけばな資料館

  • 池坊会館といけばな資料館
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いけばなの歴史を体感する

本堂の北側に建つ池坊会館の3階には、いけばなの歴史を示す史料や頂法寺に伝えられている宝物を展示している「いけばな資料館」が併設されている。いけばな資料館には、家元に受け継がれてきた花伝書や花器、いけばなの絵図が展示されている。展示品の中には、江戸時代初期に活躍し「立花の大成者」とされる池坊専好による立花図があり、国の重要文化財に指定されている。さらに、池坊会館を建築する際の調査で出土した瓦などが展示されており、往時の六角堂の姿を体感することができる。いけばな資料館の見学は通常事前予約制である。

感想■国の重要文化財に指定されている立花図が印象に残りました。絵図であるにも関わらず、目の前に実際に作品があるような生き生きとした絵が描かれていて、実際の作品はさぞ見る者の心を感動させるものであったのだろうと思いました。また、発掘調査により大きな瓦が多数出土していることが分かり、いつの時代も人々の拠所となっていたお寺なのだと改めて実感しました。

へそ石・境内におまつりされる石仏群

  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    へそ石
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    へそ石
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    一言願い地蔵
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    北向地蔵
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    わらべ地蔵(左奥)と地蔵山
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    地蔵山
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    地蔵山
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    地蔵山
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    地蔵山
  • へそ石・境内におまつりされる石仏群
    石不動
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参拝者の願いを受け止める仏さまたち

山門の近くには「へそ石」と呼ばれる石が安置されている。この「へそ石」は、もともと六角堂が京都の中心にあると認識されていたことから呼ばれるようになったとされる。また、平安京を造営する際に、造営する道と本堂の場所が重なってしまい祈りを捧げたところ本堂が少し北の場所である現在地へ移動しもとの位置に石が一つ残ったという伝説が伝わり、この石は「本堂古跡の石」とも呼ばれている。また、池坊会館近くには北を向き京都御所を守っていると伝わる「北向地蔵」や小さい子供を守る「わらべ地蔵」、「地蔵山」と呼ばれる石仏群がある。境内東方には、一つだけ願い事を叶えてくれるという「一言願い地蔵」や「合掌地蔵」がおまつりされている。親鸞堂の近くにはお釈迦さまの弟子である十六羅漢の姿をあらわしたお像がおまつりされている。さらに、境内の西方には木造と石造の不動明王像をおまつりする石不動が建てられている。この石不動は、安永9年(1780)に刊行された『都名所図会』にも描かれている。

感想■六角堂といえば六角形のお堂という印象が強かったですが、境内を巡ってみると大小さまざまな仏さまがおまつりされていることに気が付きました。それぞれの仏さまのお顔は穏やかで親しみを覚え、どこかほっこりするような印象を受けました。

唐崎社・日彰稲荷

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六角堂を守る神々をまつる

境内の南東に唐崎社は建つ。その名の通り、琵琶湖畔に建つ「唐崎の松」で有名な唐崎神社の御祭神である唐崎明神をおまつりしている。かつては明星天子菩薩とも呼ばれていたという。なお祇園社(八坂神社)と天満宮(北野天満宮)の神々もあわせておまつりされている。唐崎社の隣には日彰稲荷がおまつりされている。

感想■唐崎神社と六角堂との関係が気になりました。唐崎神社と六角堂はどちらも比叡山と関りが深いことから、おまつりされたのではないかとお聞きしました。六角堂も唐崎神社も植物にゆかりの深い寺社仏閣であるので、そのような観点でも繋がりがあったのかなと想像しました。

鐘楼(京都市指定文化財)

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京都の危機を知らせた鐘の音

六角通を隔てた飛地境内に鐘楼は建つ。この場所には江戸時代初期頃には鐘楼が建っていたと考えられているという。戦国時代には戦を知らせる鐘として、一般の人々に危機を知らせたと記録が残っているという。鐘楼につるされる鐘は太平洋戦争中の金属供出により失われたが、昭和29年(1954)に再鋳された。

感想■ビルに囲まれた鐘楼の姿に珍しさを感じました。江戸時代よりこの場所に建っていて、非常事態を人々に知らせる大事な鐘であったとお聞きしました。時代が移り変わり周りの景色が変わっても鐘楼が同じ場所に建ち続けているのは、古来より人々にとって大切な鐘であったからなのかなと考えました。

report

学生レポート

立命館大学生命科学研究科2年

聖徳太子が創建してから1400年以上、六角堂が人々の拠所となっているということを今回の訪問で強く感じました。聖徳太子が安置したというご本尊を中心に、お寺を開いた聖徳太子への尊敬の気持ちがあふれる3つの異なる姿の聖徳太子像、親鸞聖人とご本尊の繋がりを示した2つの親鸞聖人像、境内におまつりされている穏やかでほっこりするような仏さまのお姿、江戸時代より移されることなく鐘の音を響かせる鐘楼など、六角堂の仏さまや建物を巡ると、それぞれに祈りをささげた人々の姿が感じられました。歴史上の人物だけでなく一般の人々からも愛され頼りとなる場所で、貴賤問わずたくさんの人々が訪れる六角堂であるからこそ人々の心を動かす「いけばな」という文化が生まれ、世界中の人々が楽しむ日本を代表する文化となったのだと思いました。

history

ご由緒

用明天皇2年(587)、四天王寺建立のため京都盆地を訪れた聖徳太子が沐浴をするために念持仏である如意輪観音像を木に掛けたところ動かなくなり、この地で人々を救うとお告げがあったことから六角堂を造営し安置したという。創建より霊験あらたかな観音菩薩の霊地とされ、『今昔物語』や『梁塵秘抄』などにも記載され、関西地方の観音菩薩の霊地を巡る西国三十三所の第18番札所としても知られている。鎌倉時代には親鸞聖人が参籠したことでも知られており、境内の親鸞堂には親鸞聖人像がおまつりされている。室町時代には、京の町堂として町衆の信仰を集め、集会所や公民館のような機能も果たすようになったという。このことから、京都の中心の場所と認識されるようになり、祇園祭の山鉾巡行の順番を決めるくじ取り式は、江戸時代末まで六角堂で執り行われていた。創建時に聖徳太子が沐浴した池のほとりに小野妹子を祖とする僧侶の住坊が築かれ、「池坊」と呼ばれた。僧侶たちは仏前に供える花に様々な工夫をこらしたことから、室町時代頃に「いけばな」の文化が頂法寺で生まれ、江戸時代初期には池坊専好が立花を大成した。そのことから「いけばな」の発祥の地としても世界的に知られている。

info

参拝情報

名称
紫雲山頂法寺
(しうんざんちょうほうじ)
所在地
京都府京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町
googleMAP
参拝時間
6:00~17:00(夜の特別拝観時期を除く)8:30~17:00(納経時間)
拝観料
無料(境内自由)
宗派
単立
御本尊
如意輪観音
宝物殿
いけばな資料館(9:00~16:00、特別開館・行事期間中以外は事前予約)
アクセス
公共交通機関
■京都市営地下鉄「烏丸御池」駅5番出口から徒歩3分
■阪急京都線「烏丸」駅21番出口から徒歩5分
タクシー
■京都駅から約10分
■京阪三条駅から約10分
■阪急河原町駅から約5分
駐車場
なし
境内MAP
Webサイト
https://www.ikenobo.jp/rokkakudo/index.html

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