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ご由緒
神と仏、そして人々が出会うお寺
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まんぷくじ
宮崎県東諸県郡国富町
萬福寺は唐へ留学するために九州に滞在していた伝教大師最澄が山幸彦の逸話に感銘を受けお堂を建立したことに始まる寺院です。1000年以上の歴史を誇る萬福寺の境内は、四季の花々と人々の笑顔に彩られております。
萬福寺の由来は、三弓堂(みつゆみどう)の回向堂であると伝えられている。萬福寺の近隣に今も伝えられている三弓堂には山幸彦と伝教大師それぞれの逸話が伝えられている。山幸彦が狩りの際にお昼休憩をしていると犬が吠え続け、犬を弓で撃ち殺してしまった。犬が激しく吠えていた理由がわからぬまま後ろを振り向くと、大きな熊が山幸彦を今にも襲おうとしていた。山幸彦は手にしていた弓矢で熊を成敗し、先程自分が殺してしまった犬が自分を守るために激しく吠えていたことに気がつき心を痛め、弓と矢を3つに折り、犬と熊の遺骸とともにこの地に埋葬したと伝えられている。この逸話に感銘を受けたのが唐へ留学するために九州を訪れていた伝教大師。伝教大師は逸話に登場する犬と熊が成仏できるように三弓堂を建立したという。回向のためのお堂を由来とすることから萬福寺のご本尊は阿弥陀如来坐像である。本堂中央には、収蔵庫へと移られたご本尊に代わる阿弥陀如来坐像がおまつりされている。その脇には、萬福寺や近隣のお寺から萬福寺に移されたという様々な仏さまがおまつりされている。
カヤの一木造りの阿弥陀三尊像である。中央に阿弥陀如来坐像をその両脇を勢至菩薩立像・観音菩薩立像が固める。阿弥陀像の像内腹部の銘から、寛喜四年(1232)に僧澄円の勧進により大仏師僧聖賢によって造立されたことが分かる。カヤの木肌を活かした素地の像である。毎年正月と梅の花が咲く2月にお声がけいただいた方に御開帳している。
庭園の中央にある梅の古木は樹齢300年くらいだとされている。2月になると枝一面に綺麗な花を咲かせる。夏には新緑が綺麗で季節によってまた違った美しさも見せてくれる。吉野の石や京都の白川砂、北山杉などを配置し、遠くに見える鰐塚山を借景としている庭園である。
萬福寺では定期的に『まんぷく食堂』が開催されている。地域のみなさんが気軽に安心して訪れる事ができるようにという願いを込めて始まったまんぷく食堂では、食事や野菜がふるまわれるほか季節にあわせた様々なイベントが開かれている。まんぷく食堂には地域のみなさんが集い、たくさんの方々の笑顔が溢れている。
学生レポート
奈良大学文学部文化財学科3年
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