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厩橋城(前橋城)の鬼門を封じる『青柳大師』

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りゅうぞうじ

龍蔵寺

群馬県前橋市

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奈良時代、日光山を開いた勝道上人により開かれたと伝わる龍蔵寺。南北朝時代には厩橋城(後の前橋城)の鬼門を封じるために現在地に移転し、前橋の発展の歴史ととも歴史を紡いできた名刹です。厩橋城の祈願寺として、僧侶を育成する談議所(だんぎしょ)としての役割を担うだけでなく、慈恵大師様に対する前橋に暮らす人々の篤い信仰が育まれ、『青柳大師』や『青柳厄除大師』と親しみを込めて呼ばれているお寺です。
  • 山門
  • 本堂
  • 大師堂

巡りポイント

慈恵大師様のご縁日である1月3日には、たくさんの方々がお参りに訪れる青柳大師。創建以来、前橋の人々とともに紡がれる祈りの歴史が境内に満ちています。

本堂

  • 本堂
  • 本堂
    木造阿弥陀如来立像
  • 本堂
    木造薬師如来立像
  • 本堂
    木造釈迦如来立像
  • 本堂
    天井絵
  • 本堂
    本堂欄間
  • 本堂
    本堂欄間
  • 本堂
    本堂欄間
  • 本堂
    本堂
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過去・現在・未来の三仏をおまつりする

本堂は檀家の方々の供養の場であり、折上げ格天井を施した格式の高い造りになっている。

 

 中央には、過去・現世・来世を表す釈迦如来立像・薬師如来立像・阿弥陀如来立像がおまつりされている。いずれも江戸時代中頃に造立された仏様であると考えられており、龍蔵寺の御本尊として信仰を集めている。

 

御本尊様の前には、法華経をおまつりする経巻立てが安置されている。以前は、煤などにより黒ずんでいたが、近年行われた修復により、金箔と極彩色で装飾された往時の美しい姿がよみがえった。

感想■三尊はいずれも威厳がありながらもお優しい印象を受けました。お参りに来られる方々に安心感を与えるような仏さまたちでした。

大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像

  • 大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像
  • 大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像
    童子立像
  • 大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像
    童子立像
  • 大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像
    木造不動明王及び二童子立像
  • 大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像
    木造愛染明王坐像
  • 大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像
    木造十二天立像
  • 大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像
    木造十二天立像
  • 大師堂と秘仏・木造慈恵大師良源坐像
    大師堂
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前橋の人々の祈りを受け止める2体のお大師様

大師堂の堂内に安置されている2つの厨子の内部には、ともに比叡山中興の祖とされる第18代天台座主・慈恵大師良源の御尊像をおまつりしている。慈恵大師良源は1月3日に亡くなったと伝えられていることから、『元三大師(がんざんだいし)』と呼ばれ、1月3日がご縁日となっている。龍蔵寺では、1月3日に2つの厨子の扉を開き、2体の慈恵大師像のお姿を皆さんにお参りいただいている。

 

向かって左側の厨子の内部におまつりされている慈恵大師像は、煤けて真っ黒なお姿をされているという。このお像には浅間山大噴火に関係する逸話が伝えられている。

 

天明3年(1783)、浅間山が大噴火した際に利根川の堤防工事を実施していた人々が災害の危険にさらされたという。すると、どこからか黒い衣を身にまとったお坊さんが現れ、御祈祷を行い人々を助け、人々が気が付く間もなくお坊さんの姿は消えてしまった。人々はこの出来事を不思議に思い、お坊さんの正体は信仰を集めている龍蔵寺のお大師様ではないかと思い、真偽を確かめるために人々はお厨子の扉を開けたという。すると、東向きに安置していたお像が西向きに代わっており、さらには全身に汗をかいていらっしゃったという。まさに生きている御尊像ということで、人々からさらなる信仰を集めたという。

 

中央のお厨子の内部におまつりされている慈恵大師像は、数珠繰りをしながら祈願するお姿をされているお像がおまつりされている。お厨子の左右には、慈恵大師の脇侍である二童子がおまつりされている。

 

また大師堂内には、不動明王及び二童子立像や愛染明王坐像、十二天立像など様々な仏様がおまつりされている。

感想■厄除け信仰で知られる元三大師様。天明の大噴火の際に人々を救済したという逸話が印象的でした。江戸時代から途絶えることなく人々に信仰される元三大師様だったということが伝わってきました。

木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像

  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    木造千手観音菩薩坐像
  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    木造千手観音菩薩坐像
  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    木造千手観音菩薩坐像
  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    お厨子の扉絵(木造千手観音菩薩坐像)
  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    木造千手観音菩薩坐像
  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    木造十一面観音菩薩坐像
  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    木造十一面観音菩薩坐像
  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    木造十一面観音菩薩坐像
  • 木造十一面観音菩薩坐像・木造千手観音菩薩坐像
    お厨子の扉絵(木造十一面観音菩薩坐像)
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微笑みを浮かべる慈愛に満ちた観音様

慈恵大師像をおまつりしている厨子の近くに、十一面観音様と千手観音様をおまつりしている。ともに木造のお像で、造立年代は不明ながら美しさにあふれる観音様である。千手観音様の厨子の扉には二十八部衆のお姿が、十一面観音様の厨子の扉には不動明王や毘沙門天、梵天、帝釈天と推定される仏様のお姿が描かれている。

感想■あまりに美しい観音様のお姿に心を奪われました。それぞれの観音様の詳細な歴史は不明であるとのことでしたが、観音様の美しいお姿を見ていると、それぞれの時代に生きた先人たちによって大切に守り伝えられてきたことが感じられ、この慈愛に満ちた観音様の眼差しを未来へと伝えていきたいと心より思いました。

report

学生レポート

法政大学 4年

千手観音様と十一面観音様の美しいお姿が心に残っています。お像も厨子に描かれた眷属の絵も非常に綺麗に伝えられており、気が付くと釘付けになってお参りしていました。ご住職も、お寺の仏像がこんなに気に入ってもらえるとは思わなかったと驚いていらっしゃって、ご住職と私たち学生との交流を通してお寺の魅力を再発見できたように感じて私自身も嬉しくなりました。

ご住職は法話をメールマガジンを通じて発信するという活動や、不登校・ひきこもり支援の会をお寺で開催されたりなど、地域の方々との交流やお手伝いを熱心にされているとのことで、お話を聞いていて非常に心が温かくなりました。

私たちのような若い世代が仏教から離れている要因の一つに"わからない"が大きいのではないだろうかと思います。
まず初めのきっかけとしてわかりやすい何かに触れるという機会はとても大切だと感じましたし、どの時代の人々もそのようにして仏教、宗教に触れてきたのではないだろうかと思います。私自身もできることをして身近にある仏教の心を広めたいと思いました。

history

ご由緒

延暦2年(783)、日光山を開山した勝道上人により『満願寺』として創建されたと伝えられている。戦乱の被害を受けた後、南北朝時代の14世紀後半、厩橋城(後の前橋城)の鬼門除けのため、笠間道玄入道により現在地に移転し再興され、現在の『龍蔵寺』という寺号となった。

康暦2年(1380)には中高の祖、豪尊により僧侶の育成機関である談議所として整備され、関東八箇檀林に数えられた。

江戸時代の寛保2年(1743)に焼失するも、元三大師を篤く信仰する前橋藩主・酒井家により再建。前橋に暮らす人々からは親しみを込めて『青柳大師』と呼ばれ信仰を集めている。

info

参拝情報

名称
青柳山 談義堂院 龍蔵寺
(せいりゅうさん だんぎどういん りゅうぞうじ)
所在地
群馬県前橋市龍蔵寺町甲68
googleMAP
参拝時間
9:00~16:00(寺務所受付時間)
宗派
天台宗
御本尊
阿弥陀如来
宝物殿等
アクセス
■公共交通機関
JR前橋駅下車後、前橋駅北口6番乗り場より富士見温泉線[北30]、[北31]、[北32]乗車(所要時間約15分)→「青柳」下車 青柳大師龍蔵寺まで徒歩約5分
駐車場
Webサイト
https://aoyagidaishi.com/
備考
紹介映像「群馬(浄法寺:最初~、龍蔵寺:3分50秒~、水澤寺:7分05秒~、珊瑚寺:9分50秒~、善勝寺:13分30秒~)」
https://www.youtube.com/watch?v=LyADZ42hhB4&t=760s

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