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ご由緒
今から1300年前の霊亀2年(716)に藤原宇合によって開かれたと伝わる。その際、太山寺を中心とした七仏薬師堂の一つとして建立されたという。数多の戦乱や天災に巻き込まれ中世の記録はほとんど残っていないが、中世に描かれた阿弥陀来迎図や涅槃図を所蔵している。また、江戸時代に遡る書物が多く残り、與楽寺文庫として参詣者に公開されている。
数百年以上も昔の書物と直接出会うことのできる與楽寺文庫
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よらくじ
兵庫県神戸市西区
300年ほど前に発刊された書物に触れる事ができる機会は滅多にありません。與楽寺に伝わる書物の1ページ1ページには今まで書物に触れてきた人々の息づかいが込められていました。開創から1300年にもなる與楽寺の歴史の重厚さをぜひ体感してください。
與楽寺の歴史は、霊亀2年に藤原宇合により薬師如来像をまつる薬師堂として建立されたことにはじまるという。その際、近隣の太山寺を中心に7躯の薬師如来をまつる七箇所の薬師堂の一つであったと伝わる。本堂正面の厨子の中におまつりされるご本尊は、行基により造立されたという薬師如来像である。秘仏であるため、厨子の扉は開いていないが、特別な行事の際に御開帳するという。厨子の周囲には薬師如来像の脇侍である日光菩薩・月光菩薩像をはじめ十二神将立像がおまつりされている。
本堂中央におまつりされるご本尊の前には、與楽寺に伝わる掛け軸がかけられている。行事や季節ごとに掛け替えられているという掛け軸は、與楽寺が大いに信仰をあつめたことを物語っているようだ。今回の訪問時には、実際の髪の毛を絵絹に縫い付ける髪繍(はっしゅう)と呼ばれる技法が使われている、鎌倉時代から南北朝時代ころに描かれた阿弥陀来迎図が掛けられていた。
本堂の横には、與楽寺に伝えられてきた貴重な書物の一部がまとめられ、実際に手に取ることができる。中には、300年ほど前の寛文9年(1670)に発刊された比叡山の歴史を記した『山門建立秘決』という書物や大正時代に開催された天台宗の特別展の図録などの書物が伝えられている。
学生レポート
立命館大学生命科学研究科1年
ご由緒
今から1300年前の霊亀2年(716)に藤原宇合によって開かれたと伝わる。その際、太山寺を中心とした七仏薬師堂の一つとして建立されたという。数多の戦乱や天災に巻き込まれ中世の記録はほとんど残っていないが、中世に描かれた阿弥陀来迎図や涅槃図を所蔵している。また、江戸時代に遡る書物が多く残り、與楽寺文庫として参詣者に公開されている。
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