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ご由緒
寺伝によると、伊勢を行脚していた慈恵大師が、朝明郡の領主・舟木良見の帰依をうけ、延長6年(928)に垂坂山に創建したと伝えられている。その際、慈恵大師自ら刻んだ千手観音像を本尊として安置したという。
中世には、伊勢国有数の天台寺院として隆盛し、最盛期の境内の規模は2 km四方ともいわれており、多くの子院や末寺により構成されていたという。 しかしながら、天正3年(1575)、織田信長の配下の武将である滝川一益による焼討ちにより全山全焼。その際、まつられていた仏様は、地域の人々により地中に埋められて難を逃れたと伝えられている。
その後、野村増右衛門が桑名藩主松平定重公に観音寺の再興を願い出て、藩主の命により元禄4年(1691)に復興された。現在の本堂は昭和45年国宝防災の一環として建立された建物。
